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16.5


「移動式オペレーティングシステムの開発ってできませんかね」

最近会議に参加するようになった春が恐る恐る発言した。S級オペレーターという肩書ではあるが、求められているのは迅と同じく未来に関する情報だとわかっているので、基本的には口を挟まないのが春だ。新参だから、様子を伺っている。だが、これに関してはどうしても何とかしてほしかった。
危機管理要員としてではなく、オペレーターとしての具申だ。

「移動式?」

開発室長の鬼怒田がうろんげに言った。

「冬島さん、アイ○ンマン2見ました?」
「見た見た。あ〜、つまりアレか。ジェラルミンケースからオペレーター用のシステムが全部飛び出す的なのか」

同席していた冬島が話を振られて、納得したような顔をした。映画のタイトルは知っていたが内容を知らない鬼怒田は首をかしげて「なんだそりゃ」と言っている。城戸はかすかに表情を変えているが大抵の人間は気づかないだろう。付き合いの長い林藤は『城戸さん興味あるんだな』と察していた。

「以前、本部のオペ室が混乱して大変でしたよね?」

大規模侵攻の時のことだ。エネドラの襲撃を受けたのは勿論だが、

「お前がな」と鬼怒田がつっこんだ。ぐうの音も出ない春は一瞬視線を泳がせた。立てこもりは彼女の黒歴史に認定されている。

「ともかく、オペレーター室が制圧されると現場も混乱しますし、今後あれ以上の大規模な侵攻が行われた場合、現場に出てのゲリラ戦も考えにいれるべきです。本部が制圧されるという最悪の事態を想定して、その場合のバックアップシステムがないんじゃないかなって」

「一理ある。だが相当かかるぞ」

金の話である。ボーダーというのは大変金のかかる組織であるのは、薄々春も理解していた。

「かかっても、やるべきです。オペレーターも現場にでる可能性は排除してしまうべきじゃない。護身術の訓練もカリキュラムを組むべきだと思います。あと、室長はぜひアイア○マン見ましょう。上映会の段取り組みますから。是非ともあのクオリティで再現してほしいです。やる気めっちゃ出ると思います」

「いいこと言ってんだか、趣味貫きたいのかわかんない発言してるぞ春ちゃん」

「両取りで」

多少のごほうびがないとやっていられない、というのが春の主張だ。

「あくまでも、最悪の事態の想定なんですけど」
「いや、オペレーター室の一件による現場の混乱は確かに見過ごせない。今回はうまくまとめる人間がいたおかげで何とかなったが、前線が崩れる事態になるのはさけるべきだ」
「では、またスポンサーを増やさなくてはならんでしょうね。そちらは任されましょう」
「唐沢さんこっち見ないでください」
「発案は八嶋君だ。スポンサーの宛、あるからの発案だと見込んでますが」
「・・・鈴木財閥に声かけてみてはどうかなと」
「では交渉の際は同席を」
「・・・開発、してもらえるのなら」
「八嶋、こっちにも顔を出せよ」
「ええ?!」

鬼怒田にも声をかけられて、春が悲鳴をあげた。唐沢のことまではおりこみずみの発言だったが、開発室からも何かを要求されるとは思わなかった。ちらりと迅を見ると、そちらは想定内、という顔をしている。この案を出すときに相談をしたのだが「忙しくなると思うけど無理しないようにね」と助言はくれたが、まさかそれはこういうことだったのか。

「暇しとるオペレーターはお前さんぐらいだろうが」
「暇じゃないです。とっても忙しいです。開発室長は目が悪いんですか?眼科いりますか?」

割と失礼な発言をしているが、春は混乱しているので気が付いていない。結構本気で眼科の手配を試みるべきだと考えている。

「月見さんとか!」
「未成年だろうが」
「・・・・私だってまだ学生なんですが」
「ボーダー就職のきまっとる奴が何をいっとる」
「言いだしっぺの法則ってな」

冬島が新しいシステムの開発にうきうきとした声で冷やかした。

「・・・・ダサいの作ったら全力で拒否しますんで」

春は遠征艇の見てくれがお気に召さないらしい。SFに夢を見ている映画大好き組みは総じて、いつかあの遠征艇をどうにかしてくれようとたくらんでいる。
スター○ォーズのミレニアム○ァルコン号だとか、スター○レックのエンター○ライズ号だとか。アニメ好きの開発室などは是が非でも足つきを作りたいと熱弁していた。近界のデザインはどうにも即物的にすぎるのだ。
エネドラッドが映画を楽しんでいるらしいと、寺島経由で聞いていたが、どうにもあちらは娯楽性にかけている。

移動式オペレーティングシステムの開発が決定し、開発室預かりとなってその日の会議はお開きになった。



***



「とんでもなく大きな扉って、このへんだと何を思い浮かべますか?」
「扉、か。他に情報はないかな」

会議の後そのまま本部長の部屋でお茶をいただきながら、今朝方みた夢について報告をしている。具体性にかける春の言葉に、根気強く忍田は相槌をうった。会議で発言しなかったのは、春自身まだその夢をどう説明すればいいかつかみかねていたせいだ。

「大きくて広くて、見上げるくらい高くて、閉鎖された空間にあって、ええっと、あとは、」
「格納庫じゃないですか?」と近くのデスクで仕事をする沢村が思い当たった場所をあげた。
「ハンガー?」

春の聞いたことのない場所だ。

「遠征艇がある」

すこし背筋が冷えた。遠征艇のある格納庫だなんてボーダー内部でもトップレベルに重要な場所だ。何か見たのか?と問われて思わず言葉を濁しそうになる。
だが言わねばならない。何かあるかもしれない。何もないかもしれない。以前、ガレージを開けに行ってから、実際にそこで迅たちが戦闘するまでには数か月のスパンがあいている。何もない、ということだってある。未来は常に動いていて、春はそのうちの可能性のひとつを視ているにすぎないから、あらゆる可能性を見ている迅のように比較はできない。その行動が最善につながるのか、最悪につながるのかも。

「・・・・行ってみたいと言ったら困りますかね」
「いや?君が希望するなら見学できるように取り計らおう。普段はあまり人の出入りのないところだからね」
「・・・・おねがいします」

実際に見てみたら、何かつかめるかもしれない。言葉にするのはそれからの方がいいだろう。
忍田はすぐに話を通してくれたので、その日の夕方にはハンガー見学が実行された。







「何か見た?」
「・・・・」

案内をかってでてくれたのは迅だ。案内された格納庫は夢にみたとおりの佇まいで、でんと構えている。

「これってトリオンの壁なんだよね」

確認すると迅が頷いた。

「・・・・これが壊れるってどんな状況かな」
「壊れたの?」
「・・・・わたしが、ここの壁を爆破する夢を、・・・・その、見るんだよね」

言い難い。本部オペ室の件もあるから、これでは春が爆破魔のようである。爆発物への取り扱いを習いはしたけれど、夢に見るほどに好きではない。

「通常兵器じゃ壊れるはずないんだけどなぁ」
「トリオンだもんね」

夢は、解釈を間違えると何の役にも立たない。ただの夢か、暗示なのか、見極めるのも重要だ。行ったことも見たこともない場所である格納庫の爆破。
ただの夢であるはずもない。きっとここで”なにか”ある。近い未来か遠い未来かは、わからないけれど。

あの夢で読み取れたのは、格納庫、爆破、崩壊の三つだ。そしてその先には遠征艇がある。
通常兵器では傷のつかないものが、ボロボロに崩れ落ちるのなら、トリガーによる破損ということになる。

扉に触れる。この先に、未知の世界へ向かうための船があるのだ。
それは、この組織における重要なカードだ。決して失ってはいけないもの。

「この壁、もうちょっとでいいから厚くならないかな・・・」
「トリオン量を多めに回すようにはできるかもしれないけど。鬼怒田さん次第かなー。厚くしたら変わりそう?」
「どうかな、でも今のままだと良くない気がする」

今だって春には途方もなく分厚く立ちはだかる壁に見えるが。夢の中では大きな穴が開いていた。

「近いうちに追撃があるだろうってエネドラッドが言ってたけど、関係があるかはちょっとわからない。けど、何かはしといたほうがいいと思う。曖昧なことしか言えなくて、ごめんね」

ここが攻撃されるとしたら、それは再び本部への敵の侵入を許してしまうということだ。

「いやいや、情報少しでもあると助かるしね」

「・・・なにごともないといいんだけど」

「あちこち見てまわってるけど、直近には大きな被害があることはないよ」

「そっか」

ぞわぞわと、背筋をはいのぼるような不安はなんだろうか。この扉だけじゃない、何かが春を焦燥に駆り立てる。
視えすぎると、碌なことがないとわかっていてももっと、もっとと深追いしはじめている自分に気が付いてため息をつく。

格納庫の扉はトリオン量を増やし補強を行うことが決定された。対応は迅速に行われて、こういう下からの意見を受け入れ、行動に移す速さはボーダーという組織のいいところだなと春は感心した。

その日の夜、格納庫に大穴があく夢は見なかったので、この補強がいつかどこかで役に立つのかもしれない。







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