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6.3


「忍田本部長、おねがいが、その、あるんですが」

八嶋春が本部長室にやってきたのは、S級オペレーターに任じられてすぐのことだった。A級部隊の作戦室の横にトリオンを拡張してS級作戦室を設けることになったので、その最終確認の書類にサインを頼んでいたところだった。

「八嶋君か、どうした?」
「S級作戦室について、なんですが、その、」

春が言いよどむ。なんでも言ってくれ、と忍田は促した。八嶋春という人物を、まだ忍田は書類上でしか知らない部分が多い。最上宗一の名を知るだけではあるけれど、どこか旧知の間柄のように感じているし、彼女がここを気に入ってくれればいいと思っていた。
自分の弟子である太刀川が彼女と親しいのをもれ聞いてもいたので、一度じっくり話してみたいと思っていた。

「シャワールームを、つけたらだめでしょうか」

デスクごしに悲壮な顔をしている春は言う。

「・・・?A級共用のものがあるだろう、そちらを使えるようには取り計らってあるよ」

「・・・・やっぱりだめですかね」

だめ、というか、それが必要である理由がわからない。A級の女性隊員は少ないが、それでもきちんとA級女性用のバスルームはかなり充実した作りになっているはずだ。自分の部下である沢村による一大改革が行われているから、苦情などもかなり少ない。
もしも作戦室に作ったとしても、共用のものよりも狭いものになる。男である自分には理解しがたい部分があるのだろうか。
忍田は首をかしげた。

「なぜ必要なんだろうか。理由しだいではまだ変更も可能だが」

「・・・・・本部長、あの、私けっこうろくでもない生き方してきました。それを恥じてはないんです。結構頑張って生きてきましたから。けど、その、”見られたくない”とは思うんです」

俯きがちの春が、こぼれるように小声で続けた。

「もしゆるしてもらえたら、すごく、たすかります。すべてを曝け出せるほど、私はまだ強くなくて、その、ただの、わがままなんですけど」

ぎゅう、と春は自分の体を抱え込むようにする。FBIにいた、という彼女の書類上の経歴を、ただ文字にすれば一文だ。一文の中にどれだけの傷があるのかまではわからない。

「・・・・そうか」

トリオン体で戦闘するボーダー隊員には表面上の傷は残らない。だからこそ、余計に彼女は気になるのかもしれないなと忍田はようやく思い至った。トリガーが開発された初期、トリオン体の性能もまだ低かったころは忍田たちも生傷が絶えなかった。今もなお残る傷を、性能があがったトリオン体で戦う子供たちが見れば驚くに違いない。

「掛け合ってみよう。あまり広くは取れないと思うがそれでもいいかな」

はじかれたように春が顔をあげて忍田を見た。その顔は年相応の女の子の顔で、忍田は少しだけほっとした。迅と少しだけ似ているな、と思っていたのだ。
色々なものがみえすぎるせいで、一足飛びで大人にならざるを得なかった迅と。

「ありがとうございます。私もなんですけど、それよかユーイチ君とかが楽に過ごせると思うので」
「迅が?」
「本部に部屋がないって言ってたので。けど共用だとばったりいろんな人と会っちゃいますよね」

春の主観だが、見えすぎるのもしんどいのではないかということだった。S級作戦室は出入りを自由にする予定で大きく応接用のスペースがとってある。だがそれと同じだけ、プライベートスペースも確保してある。外部の仕事を持ち込む春のために、ということだった。
玉狛支部の人間は基本的には本部に長居しない。自分たちの巣に篭るように、支部へと戻っていく。それを、忍田たちは容認してきた。懐かしい場所へ、帰っていく彼らを。

「適度に人がいて、適度に人がいないって絶妙なラインが大事なんだって、知り合いが言ってました。私たちみたいなのは、一人になると碌なことにならないから、絶対誰かがそばにいる時間を持てって。けどユーイチ君結構一人で動いてるみたいに見えるから」


深々頭をさげられて、あわててそれを制した。S級作戦室は、城戸の発案だが彼女をボーダーに置いておくための措置として行われたことだ。最上宗一という稀なる鍵を持つがゆえに。けれど、彼女はそれ以上に考えてくれているようだった。
ボーダーのことを、迅のことを。彼女は真摯に向き合い、より良いものを目指してくれている。

「しかし何故私に?」
「・・・・目に見える傷を抱えてらっしゃる城戸司令には言い出しにくくて、ですね。あと城戸派に玉狛への配慮させるのもおかしいかなって。最近、黒トリガー争奪についての話を人づてに聞いたので」
「なるほど、だが城戸司令は気にはしないと思うよ」

必要なことに、感情をさしはさむ人ではない。それに、玉狛の動きを少しでも把握しておけるのなら、悪い提案でもない。

「でしょうね」とほのかに春が笑った。知っているんだろうか。かつて闊達に笑った人であったことも、その傷の意味も。玉狛への複雑な感情も。

「ソーイチから聞いてた人たちだから、あんまり隠し事はしたく、ないんですけど。黙っていないとひどい目にあうことも多くて、その、すぐに言い出せなくてすいません」

ぺこりと頭を下げられた。

「言ってくれて助かった。迅のことは私たちも理解しきれているかわからないところが多くてね・・・八嶋君の意見はとても参考になる」

最上が送ってくれた人だ、だがそれだけじゃない。迅のことも勿論だけれど、彼女は忍田の弟子が連れてきたのだと聞いていた。迅がトリガーを黒トリガーに持ち替えてランク戦を去って、目に見えて太刀川は膿んでいた。大学に入り一人暮らしを始めて、成人して。もはや自分の掌のうえにある子供ではないとわかっていても心配だった。
派閥を明確に口にしたのもその頃で、ただひたすらに戦うことばかりに目を向けていた弟子が「忍田さん、今度学祭でさ面白いことやるの見に行きたいからシフト変えてもらっていい?」と言い出した時は本気で安心したのだ。

「迅もなんだが、慶とも仲良くしてやってくれ」

S級の作戦室は太刀川隊の隣だ。A級1位とはいえ、書類仕事の不得意なものばかりの太刀川隊にとってもいい影響があるだろう。数枚の報告書を見るにつけ、彼女の書類処理能力は信頼に足りうるものだ。

「・・・・ふはっ」

春が笑った。

「なにか、おかしなことを言ったかな?」

「いえ、その、寿子さん、じゃなかった、えっと太刀川くんのお母様にもおんなじこと言われたなーって。太刀川くんって愛されてますよね。強いわけだ、と」

忍田は思わず顔をそむけた。照れ隠しのために。寿子さん、とは随分親しそうだ。

「はい、私なんかで良かったら、全力で仲良くさせてもらいます。手始めに、遠征やなんやで滞ってるレポートの始末をつけさせなくちゃですかね」

「・・・・やはり滞ってるのか」

「冬休みまで遠征って待てなかったんですか?」

「他にもあれこれ予定が詰まっていてね」

「あー、ご愁傷様です。風間くんですら結構切羽詰まってますからねぇ今回」

風間は口には出さないし、仕事と割きる人間だ。風間隊の防衛任務をさりげなく減らしておいてあげたら助かると思います、と春は続けた。

最終的にS級作戦室には、追い炊き機能までついたバスルームが設置されて、春はおおいに驚いたらしいが、この程度では返しきれないものをもらったと忍田は思っていたしそれは他の上層部も共通の認識だったので適切な職権乱用だ。




(忍田本部長との交流 T)








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