My Blue Heaven | ナノ
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16


ラウンジでやり取りされている可愛らしくラッピングがほどこされたチョコレートを見て、春は今年も自分の失敗を悟った。
忘れていたが、今日はバレンタインである。先日迅と街を歩いた時にあれだけたくさんのバレンタインフェアを見かけていたというのに、忘れていた自分の脳みそがにくい。迅にも勿論あげたいなと思ったから、一緒に居るときには買わずサプライズとかいいな、と未来視持ちへの挑戦を試みたいとか考えていたくせにである。



「春さんチョコちょうだい」

当たり前のような顔をして太刀川がラウンジで立ち尽くしていた春に手を差し出した。

「・・・ない」
「本命以外上げない主義?けちくさいな〜」
「だって海外だと貰う側なんだもん。朝イチで花とかお菓子とかもらえる日だっていう認識がぬけきらない・・・・あげるのを毎回忘れる」

アメリカの知り合いからカードが何通か届いているだろう。昨日からマンションには帰れていないので確認できていないのが仇になった。ちなみに赤井は春に対しては基本べた甘なので、バレンタインはあらん限りの甘やかしをうけることができる。
さて、気が付いたからにはどうにかしたい。

「売店に売ってないかな・・・」
「あそこは基本なんでもある」

財布を鞄から引っ張り出して、ラウンジがあるのと同じ階に設置されている売店に突撃することにした。
さて、ここで問題になるのは何個チョコレートが必要になるかという点だ。

「荒船君でしょ」

歩きながら指折り数える。ゆるぎない映画仲間への愛情から、一番初めにあがったのは荒船の名前である。

「風間くん、諏訪くん、木崎くん、寺島くん」

同級生の好感度アップもかかさずしたい。バレンタインにチョコを欲しがるようなメンバーでもなさそうだが、気持ちの問題だ。
ここで既に5個のチョコが必要になる。財布の中身が心配になってきた。
しかし、知り合いすべてに配り出したら大事である。ボーダーは男子の比率の方が高いのだ。
つまり、果たすべき義理チョコのラインの見極めが必要になる。

「東さんはたくさん部下から貰えるからいいとして、冬島さんはどうだろな・・・・開発室には最近お世話になってるから箱菓子とか持っていくべき?でもなんかそれだとお歳暮っぽくなるね」

「春さん大事な人忘れてね?」

「え、まじで?」

「まじまじ」

城戸司令含めた上層部はパスしていいだろう。唐沢はモテるので確実に貰っているし、根付はなんだかんだメディア対策室で愛されている上司だし、お世話になっている嵐山隊女性陣が何かしらアクションをおこすはずだ。本部長ファンとしてはチョコを渡したいなとミーハーにも思うが、本命の沢村の邪魔はしてはならんなと自重することにした。
林藤はなんだかんだで小南があげるに違いない。やはり開発室に潤いが足りていない、チョコ箱買いしようと心に決めた。

「冬島さん含む開発室にチョコの箱買わねば」

「春さ〜ん」と太刀川が春の顔の前で手をふっている。

「太刀川くん大学でもどうせめっちゃ貰うじゃん、私が買うの売店のチョコだよ?いらなくない?」

「春さんにもらうという事実が大事なんだよ」

「へ〜」

何をたくらんでいるのだか。だがまぁ、確かにお世話になっているので太刀川にも買おうと、チョコ購入リストにいれたけれど口には出さない。

「迅にはやんねーの?」

売店にたどりついて、やっぱり大量に仕入れられていたバレンタイン用のチョコを籠に放り込んでいく。板チョコを多めにしたのは、ホットチョコレートにしてふるまう予定だ。

「太刀川くん、好きなの選んでいいよ」

「餅入ってるやつがいい」

「・・・あったらいいね」

「で、迅にはやるの」

話をそらされてくれる気はないらしい。一番高いチョコを選ぼうとしたので、頭をたたいた。

「・・・・売店で買うチョコをユーイチくんにあげるくらいなら上げない方がマシかなとか、・・・だって太刀川くんと同じチョコを?ユーイチくんに?!いやいやダメ。無理。ユーイチ君にはあげれない、チョコ全部配ったら直帰する」

「だってよ迅、おれは貰ったから分けてやろーか」

固まった。太刀川の視線が春を通り越した後ろにある。振り返らなくてもだれがいるかなんて明白だ。この野郎、チョコなんて絶対あげないんだからな。
いつから?どこから聞かれていた?こういうところが太刀川のタチが悪いところだ。何も考えていない顔をして、曲者だ。

「いや分けんのはないな。春さんのチョコが欲しくばランク戦で俺と勝負しろよ、俺が負け越したら俺のチョコをやろう」

ランク戦したいだけだろうが。
恐る恐る春も振り返った。籠の中に放り込まれたきなこ餅チ○ルのバレンタインラッピングが景品だなんてやる気が出るはずがないだろう。春から貰うチョコが大事とはこういうことか。数百円のチョコが模擬戦に化ければそれは太刀川にとって重要だろうが。言っておきたいのは、春のチョコに太刀川の模擬戦につきあわされるほどの価値はないということだ。

「春さんのチョコ賭けて?面白そうだけど、おれこの後会議呼ばれてるんだよね」

いつも通りの迅だ。気になったのは、いつもならぼんちを抱えている手が後ろにまわされていたことだ。

「それに、おれはちゃんと用意してあるし」

後ろでに隠していたものを迅が春に差し出した。

「はい、ハッピーバレンタイン春さん」

ぽかん、と大きく口をあけて差し出された紙袋を見つめた。可愛いラッピングが袋の口から覗いている。はっぴーばれんたいん、と同じ言葉をおうむ返しに春が言う。え、これはどっきりか何か?隣の太刀川をちらりと見たら、面白くないですという顔をしていたのでサクラではないらしい。

「春さんが慌ててチョコ買ってるの視えたからね」と迅が笑う。
海外だと逆でしょ?と。
『" Life is like a box of chocolates."』とメッセージカードの書き添えてあって、もうユーイチくん最高かよ。
それは春が迅に薦めた映画の中のセリフだ。人生はチョコレート箱みたいなもの、だから開けてみるまでわからない。

チョコの入った籠を床に置いて、迅にハグした。かっこいい、さすがユーイチくん!!私のヒーローは、女の子に恥をかかせたりしないのだ。


「喜んでもらえたみたいでよかったー」
「めっちゃ嬉しい、人生で一番嬉しい!ふいうちずるい!」

あんなに小さかった泣き虫ゆう君が!こんなにかっこよく成長している。ソーイチ見てるか!と叫びだしたい。君の教え子は最高です。
春を抱きかかえて迅がぐるぐる回る。足が地面から離れて、最高に浮かれ気分である。

「ホワイトデーに倍返しするから!待っててね!ていうか今もうすぐに返したいけど!」

貰えるとは思っていなかったので、この嬉しさをどうしたらいいかわからない。
太刀川はちっとも面白くなさそうだった。売店の職員が「太刀川くんドンマイ」と肩をたたいた。


迅が会議に去っていくと「見た?今の?見たよね?さすが私のヒーローだよね?ユーイチ君最高にヒーローでかっこよすぎて私は嬉しい」と興奮気味に語られて、本命の子いるのかな?いたらこんなんされたらイチコロだよね?と春が言うから『いや本命は春さんだろ』という至極まっとうなツッコミを太刀川はランク戦をしそこなった腹いせにしようとしたが、ぐっと飲み込んだ。
ものすごく喜んではいるけれど、そういう意味で意識されてなさすぎる後輩が少し可哀そうになった。



***



夜に三雲が作戦室にやってきて、唯我と訓練をしているのを冷やかしたり、ランク戦に精を出していたりしたらいつのまにか22時を回っていた。自販機でコーヒーを買って、昼間に春から貰ったチョコを食べようと口に運ぶ瞬間、チョコが奪われた。

「お、いいチョコもらったね太刀川さん」
「迅!会議終わったんならランク戦付き合えよ」
「残念、今日はシステムメンテで23時からは訓練室使えないよ」

少しも残念そうではないし、むしろそれを狙ってこの時間に来たに違いない。

「お前な、人がもらったもんを横からとるなよ」
「お腹空いてたんだって」

嘘付け。とは思ったが黙っておいた。

「お前さ、ちょっとかっこつけすぎだろ。しんどくなんないわけソレ」

一度言っておきたかったことを言うことにした。迅は春に対して格好つけすぎだと太刀川は思っている。過剰に。

「 なんで?楽しいけど」
「らしくなさすぎだろ」
「だって春さん、喜ぶんだよね」

さすがユーイチ君って言われるとなんでもしてあげたくなる、と迅が二つ目のチョコを強奪しながら言う。

「普通にしてたってあの人なら喜ぶだろ。安いぞ春さんの喜びは」

何せ学食でおごるだけでも喜ぶ人だ。甘やかされ慣れているようには見えるのに。

「太刀川さんはね。おれには高いの」
「 へー、俺にはわかんねーけど」
「わかんなくていいよ」


思わず、固まった。迅が太刀川を見ていた。視ていた。
青い目が太刀川を、いや太刀川の未来を視ている。それをいつだって太刀川は覆してやりたかった。


「わかんないでも、全然仲いいでしょ。おれ、同じことできないもん」

ずるい、と言われたのだろうか。太刀川が迅をずるいと言うことはあった、だが逆のことが今起きている。最後のチョコは奪われる前に食べきった。
さっきまでと同じチョコのはずなのに、百倍は甘い気がした。甘くて吐きそうだ。まったく、やっていられない!と太刀川はもろ手をあげて降参したい気分というやつを味わった。

「仲いいんだから、もっとちゃんとやってよ」

やっていいのか。太刀川と春が親密になのが気に食わないくせに。

「おまえ、ほんと春さん馬鹿が過ぎるな。びっくりしたわ」
「はぁ?!なにそれ」
「出水とか弾バカだし、米屋は槍バカだけど、お前は春さんバカだわ。ウケる。迅、しってるか、春さんこないだの大学祭でサークルでメイド喫茶したんだぜ」

知らない、という顔を取り繕うとして失敗したみたいな顔を迅がした。ざまあみろ。
迅のしたり顔を崩す絶好のカードができたな、と算段した。黒トリガー争奪の時に知っていたらもっと有効に精神攻撃できたのだが惜しいことをした。

「データがある」
「・・・・・5本」
「安い。20本」
「いいよ!風間さんに聞くし」
「『春さんのメイド姿ちょーだい』って?風間さんに借りを作った上に微笑ましく応援されたい?」
「・・・・・10本で手うって」

太刀川にからかわれただけでもかなり屈辱だったのに、自ら二度目を味わう気にはならなかったらしい迅が白旗をあげた。

「よしよし10本な。システムメンテまで1時間、ちゃちゃっとやんねーとな!」
「太刀川さんさ、ホワイトデーちゃんと三倍にしてかえしなよ」
「おー、返す返す。春さんのオペに30本いつでも付き合う券あげよーと思ってる」
「は?」
「あのなぁ迅、A級1位、総合攻撃手1位だぞ俺は。嬉しいに決まってるだろ」
「・・・・前言撤回。もうすこし、わかる努力するべきだと思うよ!」
「はいはい」

この展開は読み逃していたのだろうか。おかしくなる。春が来てから、太刀川はずっと楽しい。最高につまらなかった日々が遠ざかっていく。
迅をバカに変えてしまえる春は最強だな、と思った。
1時間で10本、久しぶりに無我夢中でランク戦を戦った。



***


きっちり23時にシステムメンテナンスが開始されて、ようやく解放された迅は玉狛へ戻るのも面倒でS級作戦室の仮眠室で寝ることにした。


「あ、おかえりー、ユーイチ君」

S級作戦室の扉をあけて一歩足を踏み入れると、ソファ越しに春が振り返った。おかえり、と言われたので反射で「ただいま春さん」と言う。部屋の中でかすかに甘い匂いがしているのであたりを見回す。テーブルの上には迅があげたばかりのチョコレートの缶がおかれていた。

「春さんまだ仕事するの?」
「うん、もう少し。仮眠ベッド使うなら奥のベッドが暖かいよ。さっきね湯たんぽいれた」
「視えてた?」
「そうユーイチ君のことは何でもわかる!と言いたいとこだけど、さっき冬島さんから内部通話で連絡あった。迅がそっち行ったぞーって。お風呂もはってあるから、あったまって休んでね」
「至れり尽くせりだ」
「あ、あとね、えっと、」

もごもごと、春が言いよどむ。迅は首をかしげて、ソファに近づいた。二人掛けのソファは春の定位置だ。そして、その隣が迅の定位置になりつつある。
すとんと腰をおろす。結構疲れているみたいだな、と背もたれに寄りかかって春の方を向きつつ襲ってくる眠気で自覚した。

「お風呂は?」
「あしたにする」
「そっか」

なんだか新婚さんのような会話だ。おかしくて、少しだけ肩をゆらして笑った。
ちっとも芽がないのに。迅は恋愛が苦手だ。感情は理性を揺さぶって、思いもよらないゆらぎを生む。その揺らぎは迅にとって厄介極まりない。
春の顔を視ても、春と自分が付き合う未来は視えない。視えないということは、そうなる可能性が限りなく低いということで。この人が好きかどうか、答えを出すより先に、結果が視えてしまう。

春がマグを持ってソファから立ち上がる。きっと何か飲み物を入れに行くんだろう。迅はソファに沈み込む。チョコレートボックスを開けてみるまでわからない人間だったらよかったのにと、思った。期待して、胸をときめかせ、箱を開ける。何が出てくるだろうと。でも迅は視えている。知っている。

「ユーイチくん」と声をかけてきた春が、今度はマグを二つ持っているのだって勿論迅は視えていた。

「んー?」
「ホットミルク入れてきた。こんな時間にアレだけども、その、チョコとかしてあるので、えっとね、」

可愛いなと思う。この人にとって自分は一体どんな存在なのかよくわからない。特別たいせつにされていると思うし、甘やかされている。大事にされている。
春のことが、迅にはちっともわからない。視えずらい未来は、恐ろしくさえある。

「ハッピーバレンタイン、ユーイチ君」

「ありがと、春さん」

板チョコの溶け残った欠片を、飲み込むのと一緒に、不毛な考えも飲み込んだ。迅は迅の仕事をするだけだ。

(この人は、ボーダーに必要な人だから)









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