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きみのすきなひと。


レトロな昔の遊びというものは、定期的に懐古される。
昭和レトロが平成レトロに。
令和の若者たちにはさして違いがあるものでない。
歳を重ねたものには懐かしく、年若きものには目新しく映るのだ。などと遠目に見ている自分も若者に分類されるのだが、春は割合年上に囲まれて育ったものだから自分にはみずみずしさというものが今一つ欠けているのかもしれないと内省した。

「見てみて〜、京極さんにプロフィール帳書いてもらったの〜〜」

鈴木園子がうきうきとした調子で一枚の紙切れを取り出した。ポアロの席につくなりだから、よっぽど見せたかったのだろう。

「ぷろふぃーる帳?」

首をかしげる。蘭が帰国子女である春にかんたんな説明をしてくれる。彼女もどうやら工藤新一に送っているものの返信待ちをしているらしい。
お互いのプロフィールについてならもうとっくに知っている間柄であろうに、見合いの釣書のようなものを交換する理由が思いつかなかった。

「春さんも書いてくださいよ」

にこり、と差し出された紙を受け取る。想定したものと違って、それはポップなイラストの踊る色鮮やかな書類だった。
名前、誕生日、血液型、星座。基礎的なプロフィールに続くのは趣味、好きな食べ物、将来の夢、嫌いな食べ物。おおよそ個人の「好き」「嫌い」にまつわるもので、微笑ましさが満載だった。
とはいえ、自分が書くとなるとどうにも場違いな気がしてドギマギしてしまう。

受け取った両手で紙切れ一枚を大事に持つ。なんだかとても平和そのものみたいなアイテムだったので、大事に扱わなくては罰が当たりそうな気がしていた。
同じようなプロフィールをかく紙があり、それらをいろんな人間に渡してバインダー(これまた可愛い表紙)のものに集めていくシステムらしい。もう一枚を注文したものを持ってきてくれた梓に園子は渡した。

「二枚も梓さんに渡すの?」
「安室さんにも書いてもらおうと思って」

口にしようとしたアイスコーヒーを噴出しそうなって慌てて飲み込むと少しむせた。
彼にはプロフィール紙が一枚ではなく三枚必要そうだけれど、園子が知りたいのは『安室さん』だから問題ないはずだ。
高校の友人たちの書いてくれたものを詰め込んだバインダーを貸してもらってどんなことを書いているのかを見せてもらう。プライバシーが、と遠慮すると二人とも笑っていた。
平和だなぁ、と物騒な心配をせざるを得ない身の上が少しばかり後ろめたい。
誕生日も、実は公的な登録と普段から人に言うものが実は春は違う。情報は隠匿すべし。オープンにするときには慎重に。潜入捜査をするときに作った架空の経歴を頭に叩き込みすぎていて、むしろ馴染んでしまったのだ。
園子たちのクラスメイトたちのプロフィールを捲りながら、さて自分はなんて書こうか、というより『安室さん』はなんて書くのだろう?なんて思いながら項目をざっと確かめる。

「ええ〜、ダメなんですか?」
「すいません、探偵たるものミステリアスさも必要でしょう?」

園子の残念そうな声に、プロフィール帳をめくる手を止めて視線を向けた。いつのまにかシフト「安室さん」が入っていた。探偵に必要なミステリアスさとは?と思うが、『安室さん』の鉄壁の笑顔には奇妙な説得力がある。
書こうと思っていた自分のプロフィールも、となると謎にしておいた方がいいような気がした。断ろうと口を開きかけ、

「春さん、ペンお貸ししましょうか?」
「え」
「プロフィール、書くのに」
「や、あの、私は、」

目が泳ぐ。いいのだろうか。

「学生の楽しみは満喫しておくべきですよ。大人になると僕みたいにしがらみもふえますからね」
「ソウデスネ」

しがらみの権化みたいなところがある人だから説得力がある。満喫。項目のアンサーは確かにみんなどこか気楽で、冗談を飛ばしあっている。
ペンを受け取ると、とりあえず自分の名前を書いた。次に誕生日。こちらは『諸星光』時代に作った偽の経歴を書く。実はこちらの方がきちんと祝われ記憶があるので馴染み深いのだ。血液型の詐称はよくないのでそのまま書き込む。すきなたべもの、きらいなたべもの、いざ書くとなると意外に思いつかなくてプロフィール帳を埋めるのは難航した。ひとつ書き込むごとに、楽し気に園子や蘭が反応してくれる。
盛り上がってくると、だんだん筆も早くなった。
素直に、女子高生『八嶋春』の今ありたい姿を書けばいい。空欄を作るのはなんだか悔しかったから、どんどん埋めていく。

「春さんっ、その人って」

蘭が少し気まずそうだ。なんの項目かというと「すきなひと」だ。

「あ」

しまった。と思った。素直に書きすぎた。すきなひと、という項目に最初に浮かんだのは淡く苦い初恋の人で。すきなひと、という言葉ひとつにはとてもおさまりきらないと思ったので、すぐにやめた。
順繰りに思い当る人の顔を思い浮かべながら、つい先日カレーを食べながら「以前降谷にさんと」と随分酷い目にあった話をどこか楽しげに話した人の顔でとまった。
振り回されて、振り回されて。でも信じている。すごいなぁと思ったのだ。
思い出したままに、ついうっかり、名前を書いていた。

「公安の人、だよね?」
「あー、あの、ある事件でお世話になったことがあって」

蘭の公安への印象がよくないのは仕方ない。かつては父を犯罪者扱いされたのだ。
パリン、と何だか変な音がした。梓が悲鳴をあげている。安室さんが珍しくも叱られている。グラスを割ったらしい。
気づかいが自分もなかったな、と反省して違う名前を書こうかと消しゴムを探す。そうだ、江戸川少年あたりどうだろうか彼と悩んだのだ。少年趣味とか思われないだろうか心配でやめたのだけれど。

「風見刑事さんて、私はいい印象ないんですけど・・・」

当然だ。うんうんと頷く。公安のお得意違法捜査に泣かされたのだ。まわりまわってこの国の、国民のためではあるのだけど被害を受けた張本人に「わかってくれ」というのはむしが良すぎる。公安は嫌われるのが仕事の一部みたいなところがある。
蘭が身を乗り出して、ぐっと春の手を両手で握った。

「春さんが好きなら、お、おおおおうえんしてますから!!」
「え」
「ね!園子?」
「そりゃ、当然よ!春さんのタイプは年上か〜〜。JKの魅力でいちころだって!!」
「いや、」

ぱりーん、とまた嫌な音がした。待って。違う。

「い、いやいやいや!待って!違う!そういう意味じゃないよ?!れんあい?むりすぎる!!すきっていうのは、こう、なんていうか、尊敬っていうか、」
「大丈夫!味方だから!」と二人が力説する。花の女子高生は恋の話になると少し盲目だ。
ちっともだいじょばない。店の奥から気配が不穏になってきている。きっと大事な部下にまとわりつかれることを怒っているに違いない。違うのに。



:



後日、風見に「お前一体今度はなにをしたんだ」という目でじっとり睨まれた。
プロフィール帳なるものに「すきなひと」に貴方の名前を書いたのがどうにも逆鱗に触れたようだと分析すると風見は深々ため息をついた。
「そういうのは、」
一度言葉が区切られた。
「軽々に書くものじゃないと思うが」
「あそびですよ。じょしこーせーの。全部埋めたかったんです、項目。埋まらなかったら、負けみたいで悔しいし、だんだん楽しくなってきて」
風見がきょとんとした表情になる。そういえばお前も女子高生だったな、という顔だ。
「それに……最初に思い浮かんだ人の名前を書こうとして、でもやっぱり書けなかった」
蘭も園子も知らない名前だ。書いたって問題はなかった。それでも、春は一度そこで書く手が止まった。
「……だからって俺を巻き込むな」
「南国から南極に行った見たいな顔しないでくださいよ」
「してない」
「してますって」
「未成年は対象外だ、すまないが」
「早々に失恋した!あーあ、園子ちゃんや蘭ちゃんが応援するって言ってくれたのになー」
「・・・・・もうすこし、身近なところでいないのか。近頃は高校にも顔を出せる日も多いだろう」
「そんな・・・・なにも知らない一般男子高生を私の人生に巻き込むなんて、国民の安全を守る公安の人がいいんですか?組織には狙われるほどってわけじゃないですけど、私のこと甚振るの大好きな人がいるんですよね。もしも『すきなひと』情報が漏れたら大変じゃないですか」
「おい俺はいいのか」と風見がつっこんだ。春は愉快げにわらった。
風見は人がいい。組織の人間としての非情さを持ち合わせてはいるが、根っこの部分で彼はどこまでも善人だ。
確かに、巻き込むには申し訳の無い相手である。
「降谷さんが『風見は生き運がある』って褒めてたから。私もそう思います、なんかこう、運よくしぶといですよね風見さんて」
「褒めてるのかそれは……」
「褒めてます褒めてます。めっちゃくちゃ褒めてます。大事ですよ生き運。風見さんずたぼろになりつつも長生きしそうなとこが好きですね」
「告白が『長生きしそうなとこ』はだめだろう・・・そういうのは、おそらく、」
ゴホンと咳をして年長者が諭してやらねばという空気を風見が出す。
「そういう意味の『すき』とは違う」
「ですかね……すいません」
ぽんと頭を風見の大きな手が撫でた。こういうところも結構すきなのだが、彼の言う通り『親愛』の域を出ていないのは確かだろう。味方だ、と思える人。実は、赤井や降谷と歩いていても間違われることの無いものに、この人と一緒だと間違われる。――仲のいい兄妹ですね、と。
必死で「おにいちゃん」呼びを連呼しても疑わし気にされる赤井との潜入捜査を思い出した。顔立ちは別段似ているわけでもないと思うのに、なぜだかよく間違われて互いに顔を見合わせては困惑する。

「プロフィール帳に書いた好みのタイプは年上なんですよね。頭ポンポンして撫でられたらコロリです。胸キュンです」
ぎょっとしたように手が離れていくから、笑ってしまう。
「風見さん風見さん」
ちょいちょい、と手招く。誰にも内緒の話をしたかった。降谷も、赤井にも言い難い話だ。彼らは知っているから。知らない風見だから話せると思った。

「・・・・・・・まだ、忘れられないんです。中学生だったくせにって、笑わないでください――風見さんは初恋っていつでした?どんな相手だったです?」
「・・・・・・どうだったかな。忘れた」
「いつか、私も忘れるんですかね。おとなになるって、そういうことなのかな。あの二人には言えないんです。まだ。まだ、大好きなんだって。好きだったのに、助けられなかった」
「最後の。それは中学生が悩むことじゃない」
春は笑った。重たい空気をごまかすように。
「あんまり甘やかすと好きになっちゃいますよ。いいじゃないですか別に、JKの彼女とか自慢できますよ」
冗談めかして見せたけれど、風見は笑わなかった。眼鏡の向こうの目が、まっすぐに春を見ていた。
はつこいの終わりが、あんまりにもあんまりで、思い出は美化されていくばかりなのだという自覚もあった。

「経験上言っておくがな『年上の落ち着いた人が好き』とかいうのに限って年下の手のかかるのにひっかかったりするんだ。危なっかしくて放っておけなくなってとか、目が離せなくて、とかだな。理想と現実は、そもそもマッチしない」

年上とは言ったが、落ち着いた人が好きとは言わなかった。妙にリアルなたとえ話は、もしかすると風見の実体験なのかもしれない。まじめでいい人だけど、はお断りの常套句だ。

「その理論でいくと私は『わー、めっちゃ早死にしそう、生き急いでる!』って思って距離置きそうな人に恋するんですか。やだなそれ。長生きしそうな人と恋に落ちたい」
「思い通りにならないのが色恋の厄介なところだろう。計算や、理性の外側だ」

理性的に、なれるのならそれは恋とは呼べないのだと風見は言う。かつて、公安の協力者だった女性は、どうにもならない恋に真正面からぶつかっていた。すきだなぁと思いながらも、彼女とはもううまくいかないのだろうか、などと冷静に分析できる冷静さが確かにあった。
すきだし、しあわせになって欲しい人だ。
つまるところ、自分なんかが関わっていいはずもないなと結論づけた。諦観がまさるならば、やはり諦めきれずに後を引いたはつこいとは違うのかもしれない。

「その『すきなひと』の項目は空欄にもどしておくように」
「あ〜、女子高生らしくふるまうには恋バナのひとつふたつあった方がいいからあのままにしときます。風見さんに会う口実にもしやすいし」
「偽装工作するな」
「降谷さんほどはやってないですって。嘘にはそれっぽい事実を織り交ぜた方がリアリティが増すんですよ」
「降谷さんの視線が痛いんだが?」
「痛いだけで実害ないから大丈夫ですよ。風見さん可愛がられてるし」
「かわい、がられてる?だれに?」
「降谷さん。シュウ兄はフルヤ君には優秀な片腕がいるようだな、って褒めてた。ほら、こないだの爆弾解除の時とか」

ハロウィンの大事件はFBIとしても気になる一件だった。なにせ、プラーミヤはアメリカでもかなりの暗躍ぶりで、それがどうにも平和ボケじみているとみなされがちの日本で逮捕されたというのは一大ニュースとして界隈を駆け巡った。

「・・・・・そのまえに足をひっぱってるだろう」
「あの二人の足を引っ張らないでいられる人間はそうそういないから。二人三脚?で引きずられるみたいに走ってて生きてるだけすごい。私なんてバリバリに足を引っ張りまくってるから、風見さんにそれ言われると肩身が狭いんです」
「褒めても何も出ないぞ」

褒めても、褒めなくても、日常生活においてこの人は優しい。公安の仕事として冷徹にふるまうのを見ると無理をしてやいないかと思う時がある。情緒は降谷や自分よりもずっと常識的なのだ。

「――なら当面のところ名前は貸しておく。いつか、その『すきなひと』の項目でも名前書けるようになるまで」
「じゃあ、永遠に風見さんの可能性もあるな」
「どうだか」
「私がいきおくれてたら風見さんがお嫁さんにしてくれるんですか?わー、公安の嫁かー」
「FBIのスパイはおことわりだ」
「スパイなんてそんな心外な。FBIの情報の横流しをむしろできるかもしれない優秀な嫁じゃないですかお買い得では?」
「スナイパーを常に気にしながらの生活はごめんこうむる」
「日本の公務員はさすがにやっちゃったら国際問題だしないですって。しかし、私たしかに厄介物件すぎますね。風見さんにはもっといい人がいるか」

自虐気味な言葉を口走ると「八嶋」と遮るように強く呼ばれた。
言い過ぎたなという自覚はあったので、謝罪した。

「風見さん、結婚したらラブラブな年賀状報告してくださいね。こどもできたら毎年我が子の写真とかもいいな、コレクションするんで。いい日本文化だなー。わたし結構好きなんですよね年賀状」
「縮小傾向だぞその文化は。メールですませる」
「ラインとかSNSとか?それでもいいけど、紙って味わいあるのにな。手触りで色々見えたりもすることもあるし」

映像や電子データは無機質で機械的で、人の情報を読み取ることがめったにない。

「・・・・それは、俺が聞いてよかった情報なのか」

微妙なところだ。
情報の開示は慎重にしている。でも、まぁいいかと思ったのだ。

「知ってたら、風見さん対処してくれるみたいだから。気味悪いだろうけど。あれこれ視られる可能性があるの嫌な時はメールのがいいかも」

クリスマスカードも好きだった。グリーティングカードのたぐいは、大抵が心の余裕と贈る相手への好意があるから視えてもあまり嫌な情報を拾うことは少ないのもいい。

「結婚報告や子供報告も近年は嫌がられるマウンティング行為らしいぞ」
「なるほど。日本文化は奥が深い。あ、風見さんはクリスマスカード貰ったら迷惑ですか?わたし、毎年知り合いに送るんですけど。生存報告替わりなんですよね」
「・・・・・・返事がなくてもいいなら」
「じゃあ送りますね。ハロウィンで日本は大盛り上がりだったけど、あんまり興味あるイベントじゃなくて。あ、今年の年賀状はコナン君たちと芋ハン?ってやつをすることになりそうなのでそれも送ります。やったことないって言ったら少年探偵団が教えてくれることになって」
「平和だな」
「ほんとに!」










ぽっぷで可愛らしいプロフィール帳を今まで一度も書いたこともなければ、書いてもらったこともないと何気なく口にすると蘭と園子は多分海外暮らしだからだろうと解釈してくれたらしい。明るいこどもではなく、割合陰気なたちでひねていた小学生だったとは言いずらいので黙っていた。ポアロの帰り道に、文具屋にひきずりこまれて一冊のプロフィール帳をプレゼントされた。
にこにこと、二人は笑って、それぞれ一枚ずつプロフィール用紙を抜き出していった。文具屋を出てしばらくすると、ランドセルをしょった曰く少年探偵団ごいっこうにでくわした。手にしていたプロフィール帳に興味津々の小学生たちはとびはねるようにして春のまわりを取り囲んだ。勿論、江戸川少年と、灰原さん(春はこの少女をどうしても「ちゃん」づけするのに慣れずにいる)は除く。まっさらのプロフィール帳から更に四枚がこどもたちに渡った。保護者めいたあきれ顔をした二人にも渡してみた。そもそも、春の交遊関係だと紙が余りすぎるのだ。ジョディあたりなら喜んで書いてくれるかもしれない。それでもそれなりに厚いバインダーに収められた数十枚を一枚残らず埋めれるとは到底思えなかった。

後日、可愛い文字が躍るように紙を埋め尽くした蘭と園子のプロフィールが帰ってきて春の人生はじめてのプロフィール帳の記念すべき一枚目と二枚目におさまった。
小学1年生たちが一生懸命に丁寧に書こうとしてくれた痕跡がそこかしこにある4枚はところどころに几帳面な赤文字で文字の間違いが訂正してあった。おそらく灰原さんの手によるものだろう。彼女のシンプルなプロフィール帳と同じ筆跡だった。江戸川少年も照れながら真面目に回答してくれていた。蘭に見せてもらった某名探偵の回答と照らし合わせるような無粋はしまい。風見もダメもとで渡してみると、そこそこ空欄があったけれど生真面目そうな文字で記入して返してくれた。
その後しばらく眺めては楽しんでいたプロフィール帳も、組織との問題が深刻化するにつれてなくさないようにとしまい込んでしまい、最終的には記憶のすみっこにおいやってしまった。





***





「なに見てるの?」

引き払ったボーダー本部からは遠すぎるマンションの荷物の幾つかを、本部の作戦室に運び込んで整理している春に迅が声をかけた。
片付けの手は止まっていて、何かを一心に読みふけっていた春は顔をあげた。

「プロフィール帳。ユーイチ君知ってるこれ?」
「小南が昔やってたなぁ」
「ユーイチ君も書いた?」

好奇心にあふれた目で見られて、迅は肩をすくめた。

「迅にはあげないんだから!ってくれなかった」
「思春期の娘を持つ父親みたいだ」
「ボスには渡してたのにさ」
「小南ちゃん可愛い」
「ひどいでしょ。そりゃ別におれだって書きたかったわけじゃないけど、のけものにしなくても」

じ、っと迅が春の手元を見つめている。もじもじと、言い出すのがどうにも照れくさくて春は視線を泳がせる。馬鹿なことをしている。だって迅には視えているのだ。迅の目がゆるりと弧を描いて、言い出せない春を促す。

「よ、よかったら、ユーイチ君いちまい、書かないです、か?」
「良かった」

するりと一枚抜き取って、それを口元に迅がもっていった。さてどこからどこまでが視えていたのか。迅の表情が緩んだ。

「ここに来るまで、色んな人が書いてたから。おれの分、まだあるか心配してた」
「視えてなかった?」
「最悪から最善まで視えるからね〜」
「ちなみにコレは上から数えたら何番目?」
「3番目か、4番目あたりかな」
「・・・・・・・ベストルートで会いたかった。くっ、どこで選択分岐が発生したのか・・・」
「今回は割とベストルートに近い感じで飛び込んできてくれたよ」
「・・・・こんかい『は』?まって、今回じゃないときの私は?!え?不穏な発言だよね?ああ、あのね?わたし、何かやらかしてたら言ってね?!」
「春さん割と唐突に分岐増やすからコマめに見とかないとすごいルートから正面衝突喰らう感じかな」
「盛大な事故では?!大罪だよねソレ?!」

迅は一瞬目を瞬かせた。

「春さんはいいんだよ、ソレで。たださ、」

一歩、迅が近づいた。プロフィールの紙をもっていないほうの手が春の頬を撫ぜ、互いの距離が吐息を感じるほどになる。いたずらっぽく目を輝かせているのに、どこか迅は切実そうで春は呆然と見つめていた。

「正面衝突していくのは、おれだけにしといて欲しいかな」

触れるだけのキスをしてさっと迅が離れると、すぐさま後ろのドアが開いて新たな訪問者がやってきた。我が物顔で入ってきたのは太刀川で、迅の真ん前で真っ赤な顔をしている春をみて髭を撫でつつ「お楽しみかぁ?」と茶化した。
もちろん、太刀川が持ってきた手伝ってほしいというレポートは本人ごと追い出されたし、迅はしごく満足そうな顔でひらひらと手を振り太刀川を見送った。




***




一枚の紙切れを、春はためつすがめつ眺めている。
ポップな絵柄の踊るプロフィール用紙。
迷いなく、本来的な意味と違えることなく書くことのできた名前を大事にだいじになぞっていた。
スマホが鳴って、着信画面の名前を確認すると思考を中断して通話ボタンを押した。

「はいはーい、どうかしましたか風見さん――ちょうど良かった私借りてたものを返そうと思って。はい、え?貸した覚えはない?いやいや借りたんですってば。やだなぁ、ぼけるにはまだ早いですよ」


すきなひと、の項目を指先でそっと撫でた。











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