掌で踊れ
※設定
広塚→衛→シュウ
皆、同じクラスのご近所さん。
広塚と衛は幼馴染で、シュウは後から近所に引っ越してきた。
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ピンポーン…
家のチャイムが鳴って、慌てて鞄を肩にかける。
「譲、鍵よろしくね!帰り遅くなるなら連絡すること!…それから、最近風邪が流行ってるみたいだから、手洗いとうがいと、身体を冷やさないようにっ!…えっと…、それから、それから………」
「分かった。気をつける。…柊也先輩 待ってるよ?早く行きなって。」
「!…うん、いってきます!!」
「いってらっしゃーい。」
紅茶を飲んでまったりとしている弟の譲に声を掛けて部屋を出る。譲の通っている高校は、俺が通っている高校よりも家から近い距離にあるから、部活の朝練が無い朝は、俺よりのんびりできるのだ。
ちょっぴり羨ましい様な気もするけど、今の高校を選んだお陰で、俺は"運命の人"に出会う事ができた上に、その人と毎朝肩を並べて登校できる様になったので、今の生活は、ぜんっぜん苦にはならないのだ!
…因みに、その"運命の人"って言うのが、今、俺を玄関先で待ってくれてる『早坂 柊也』っていう名前の、人類の頂点と言っても過言では無い位に、容姿、性格、頭脳と完璧で素敵なお方なのです!
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俺達の出会いは、去年の春。
桜の花びらが、ヒラヒラと空を泳いでいて、洗濯物を干すために庭に出た俺は、『綺麗だなぁ…』って青い空を眺めていたんだ。
そしたら、『君はここの家の人?』って優しく声をかけられて、俺は驚いて振り向いた庭先に、柔らかく微笑むシュウを見つけた。
ななな、何だこのイケメンはっ!?…と、緊張から固まってしまった俺に対し、艶のある黒髪を揺らしながら庭に足を踏み入れたシュウは、『…綺麗だね。』…と言いながら、俺の髪に絡まった花びらを取り除いてくれた。
桜の花びらを片手に微笑むシュウは、本当に、とてつもなく、言葉で形容出来ないくらいに美しく凛として、それでいて儚げで…、俺は性別という垣根も忘れ、いとも容易くに恋に落ちた。…それからというもの、俺はーーー、
「眠い…。」
…あー、回想は一時中断。
余計な邪魔が入りやがった…。
下駄箱から取り出した靴を履くため屈んでいると、後ろから肩に腕を回され、体重をグググ…っと、かけられた。…ウザっ!!折角、シュウとの美しい想い出に浸っていたのにぃ!!!
俺の肩口で大きなアクビを漏らすコイツは『広塚 彩斗』っていう、俺の小学校からの幼馴染で、同じ高校に通う同級生だ。
染め上げた明るい茶髪はどう考えても校則違反なのに、『地毛なんで。』って言いきって、学校側から特別に許可を貰っていたりする。………まぁ、腹黒い奴というか…ずる賢い奴っていうか………。
「……何だよ、人の顔ジロジロ見て…。」
「…………別に。」
肩に回った腕を振り解いて後ろの広塚を仰ぎ見る。…気に食わないけど、この広塚という男、顔の作りがやたらといい。タレントをやっていても可笑しくないくらいには目鼻立ちが整っていて、女という女に凄いモテる。
広塚は、正統派イケメンなシュウと見比べると、チャラついた外見ではあるものの、見慣れた筈の俺でも 偶に見惚れてしまう事がある。
…あっ、そうそう、因みにこの広塚って男は『衛がいるから、彼女はいらない。』って、俺を盾にして女子連中からのアピールをあしらう様な卑怯な奴でもある。…そのせいで、今迄どれ程の面倒事に俺が巻き込まれてきた事か………。
「衛、いってきますのキスして。」
…あ、うん。さっき、見た目がチャラいって話をしたけど訂正。コイツ、中身もチャラチャラだったわ…。
「絶対に、嫌。」
「ケチんなよ、衛。」
「別にケチとかじゃねぇし!俺を彼女代わりにするんじゃねえっ!」
少し高い所にある頭部をペチンと叩く。
このつまらない冗談はいつもの事で、お陰であらぬ噂が女子の間で囁かれていることを俺は知っているんだぞ!
「おい、衛。それが彼氏に対する態度か?」
「付き合ってねぇし!シュウに勘違いされたらどうすんだ、バカ!!」
「させとけばいいだろ。」
「俺がよくないのっ!!俺がシュウのこと好きなの知ってるだろ!?」
「………知らねえ。」
「嘘だね!俺、この前ちゃんと言ったもん!『応援してね!』って、言ったもん!!」
「………チッ。」
「舌打ち!?ぅわぁ!態度悪っ!!お前のそういう所、大っ嫌い!!」
不機嫌そうに顔を歪める広塚に、フンッ!…と鼻を鳴らして背を向ける。
もう、広塚なんて知らない!
幼馴染の恋路くらい、協力しろよな!!
ガチャッー
「おはよう、衛。」
「シュウ!おはよう!!」
「朝から五月蠅ぇ…。」
「…何で彩斗が衛の家から出てくるの?」
俺に続いて玄関から姿を表した広塚に、シュウは不思議そうに小首をかしげた。
「聞いてよシュウ!昨日の夜、広塚ってば、急に俺の家に来てさ『家の鍵、落とした。』って言って俺の家に勝手に泊まってったんだよ!?人の迷惑も考えないでさ!…酷くない!?」
「嘘付け。『お泊り楽しい!』って喜んでたのは、何処のどいつだよ。」
「あーーーー!……俺だよ、俺だけどさ!!それとこれとは話が別っ!!」
「…あはは…。」
「ほら、柊也も呆れてるじゃねぇか。」
「うっ!………ち、違うんだよシュウ…楽しいって言っても、俺達ただの幼馴染で「一緒のベッドで寝れたのが楽しかったんだよな?」……お前黙れよ!!」
「…二人共、仲いいね。」
「違う!違うぅっ!!」
「まぁ、同じ風呂に入る位の仲だな。」
「………へぇ…。」
「やめろぉおおおおおお!!」
広塚の脛をゲシゲシと蹴りつける。
コイツ嫌い!コイツ嫌いっ!!
確かに、一緒に風呂に入ったし、同じ布団で寝てたけど、それはシュウに秘密にするからって、広塚が強引にしてきた事で、約束が違うぅぅっ!!
羞恥やら後悔やらで、零れそうになる涙を制服の袖口で強引に拭っていると、シュウが歩み寄ってきて、「ハンカチ貸すよ?」って言って、アイロン掛けがされているのであろう、ピシッとしたハンカチを差し出してくれた。
「…か、借りちゃっていいの!?」
「うん、使って?」
「あ、あ、あ、ありがとう!!」
歓喜で奮える掌で、シュウが差し出してくれているハンカチに手を伸ばすと、広塚が俺の手の甲をペチンと叩いてきた。
「いてっ!何すんだよ、広塚!」
「………自分の持ってんだろ、お前。」
不満げに呟かれた広塚の言葉に、ハンカチと共にシュウの手が引っ込んでしまう。…あぁっ、待ってぇぇぇぇ!!
「…ごめん。俺、余計な事しちゃったね。」
「あぁっ!違う!………違わないけど、違うぅぅ!!」
確かにハンカチ持ってきてるけど、そうじゃない!俺は、シュウのハンカチが借りたかったのにぃ!!
『シュウ、ありがとう。ハンカチ、洗って返すね。いつがいい?』
『そんなのいつでもいいよ。』
『それなら、土曜日なんてどう?』
『構わないよ。』
『それなら、ハンカチを返すついでに、デートでもしない?』
『勿論さ!』
………ってな感じで、恋愛に発展したかもしれないでしょ!?…酷い、広塚!人の恋路を邪魔するなんてぇ!!
ギリギリと歯を食いしばりながら広塚を睨みつけるが、当の広塚はどこ吹く風で、涼しい顔をしていらっしゃる。
………コイツ、ホントに嫌い!!
「シュウ!広塚は置いて、二人で学校行こっ!」
「え?…でも……」
「いいから、広塚は一人でいいから!!」
俺の言葉に、シュウは戸惑っている様子だったけど、広塚にチラリと視線を向けると、ニコリと俺に向かって微笑んだ。
「………うん、いいよ。実は俺、衛と二人きりで話したい事があったんだよね。…彩斗、悪いけど、先に学校に行っててくれる?後から追いかけるから。」
「……わかったよ。…学校サボんなよ。」
「ありがとう、彩斗。」
ーーーーー
二人だけの通学路は、いつもより少しだけ広く感じてソワソワとしてしまう。
……自分から言い出したくせに、俺は広塚がちゃんと学校に向かったのかが気掛かりだった。
「…シュウ、付き合わせちゃってごめん。」
「ううん、最近忙しくてなかなか時間作れなかったから、衛と二人きりの時間が貰えて、俺は嬉しいよ?」
「シュウ…。あ、そうだ!広塚に言ってた俺に話って何の事?」
「…あぁ、アレね。一度しか言わないから良く聞いてね?」
「うん?」
立ち止まったシュウにつられて足をとめる。
真剣な…それでいて少しだけ寂しそうなシュウを前にして、心臓が少しだけ跳ねるのを感じた。
「………『好きです。』」
「…………………………へ?」
「『俺と、付き合って下さい。』」
十分に時間を掛けてから紡がれた言葉は、俺がシュウに告白する時の為にと考えていたセリフの一つだった。…なんの飾り気も無い、素直な言葉…。
「は、はは、はいっ!!!!」
まさかの展開に混乱しつつも、声を大にして答えを返す。…………でも、そんな…こんな夢みたいな事があってもよいのだろうか…!?
何かの冗談だろ!?…と考えながらも、胸は幸福感で一杯一杯で、破裂して散り散りになってしまいそうな位だった。
浮足立つ…とはよく言ったものだ…。
身体がフワフワとして、宙に浮き上がってしまいそう…………。
喜びのあまり自重を支えられなくなった俺は、ヘニャヘニャとその場に腰を下ろした。
冬のコンクリートが容赦無く俺の体温を奪うのに、内側から溢れ出る温かい気持ちが、その感覚を上塗りして、重いコートを脱ぎ捨ててしまいたい衝動にかられた。
………でも、本当に俺なんかでいいのかな?
少しだけ心配な気持ちが湧き上がってシュウの顔を見上げると、シュウは口元を緩め、本当に可笑しそうに背中を丸めて笑い出した。
「はははははっ!衛、冗談キツい!」
「………へ?」
『冗談』と言われて、サッ…と体温が落ちこむ。…『冗談』って何?…俺の何が『冗談』なの………?
「実は、クラスの皆とゲームして負けちゃってさ…罰ゲームで衛に告白する事になっていたんだ。」
「………。」
「まさか、了承が貰えるなんて思ってなかったから、驚いたよ。」
笑顔で悪びれる様子もなく、残酷な告白をするシュウから目を背けて考える。
…あれ?今日はエイプリルフールだっけ?
嘘を信じる馬鹿が笑われる日…なんだっけ?
ほんの少し唇から漏れ出した白い吐息が、冷たい風に揺られて消えた。
「…衛?もしかして、本気にした?」
「………。」
「ねぇ、衛?」
「…俺が、シュウの事、恋愛感情で好きになる訳ない…………そんなわけない。有り得ないよ、本当に。」
「…衛。顔見せて?…もしかして、泣いてるの?」
シュウに指摘を受けて顔を上げれば、涙の膜が俺の視界を揺らしていた。
「シュウが、人の気持ちを笑う様な奴だって気付かなかった自分が嫌で、悔し泣き!」
「………。」
「いや、違うか!…俺、自分の中で勝手にシュウのイメージ像を固めちゃってたんだよな!?…仮に、男に告白されても受け入れてくれる様な懐の深い人だ…って。
………嫌な奴だよなぁ、俺。俺がシュウの立場だったら、ウザいし、キモいや!!」
口早に自分自身を否定する言葉を連ねて笑顔を作る。…そうじゃなきゃ、余計な事までペラペラと喋ってしまいそうだった。
「………衛、ちょっと待って。お願いだから、ちゃんと話をさせて?…クラスの皆に衛には彩斗がいるって言われて、でも…俺は…、俺は、衛の事が、本当に、」
「一方的で悪いけど、これ以上その声聞きたくないから、俺に話しかけないで貰える?…それから、顔も見たくないから、明日から、朝、迎えに来ないで。」
「…衛、」
「さよなら。」
ーーーーー
シュウに背中を向けて走りだしてから、一体何分位経っただろう…。長かった様な…それでいて短かった様な曖昧な時間の感覚の中、漸く見付けた背中に抱きついた。
「…失恋しちゃった。」
「………そうか。」
「暫く、恋愛はいいや。俺、恋愛に向いてないのかも。」
「お前、人を見る目がないからな。」
「…うわぁ、傷付く。今、このタイミングでソコを指摘されるのは結構キツいぞ…。」
「事実だろ?」
「事実だよ。」
広塚は軽く鼻で笑うと、腹にまわっていた俺の腕を解いて、振り向きざまに俺の冷え切った身体を抱き締めてくれた。
「別に、柊也がいなくても、俺がいれば、それでいいだろ?」
「………自意識過剰だ、馬鹿。」
「明日から、俺が家まで迎えに行く。飯も俺と二人で食べて、放課後も俺と二人で帰ろう。」
「勝手に決めんな。」
「ずっと、一緒にいてやるよ。」
「ウザい。」
「言うと思った。」
口は悪いし、冗談が過ぎる所もあるけど、広塚は家族以外で俺の事を唯一理解してくれる大切な幼馴染だ。
…大丈夫…シュウがいなくても、この先 恋人が出来なくても、広塚だけはきっと俺の隣に居てくれる。
…だから、気付かなくて正解なんだ。
俺の後を追い掛けてきたシュウが、今、どんな顔をして抱き合う俺達を見ているのかなんて…
…シュウを振り返り見た広塚が、どんな表情を浮かべているのかなんて…、
俺が知らなくても良いことなんて、
この世界にはいくらでも存在している。
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