百合の花を摘む時 | ナノ



百合の花


保健室の一件があってから、私と彼女はもっと疎遠になった。
意外なのは、それからジョルノさんも絡みに来なくなった事だ。
そのおかげで嫌がらせもなくなったが、代わりに周りに人間がいなくなった。
今ままでいかに自分が彼女ありきの生活を送ってきたかが、浮き彫りになっている気がする。
「はあ…」
私はもう暗くなった自室で、月明かりが照らす携帯をぼんやりと眺める。
液晶にはあの子の連絡先。しかしあと一歩踏み出せない。
今更何を話せばいいのか…。
私がベッドの上でぐるぐると考えていると、マナーモードに設定していた携帯電話が小さくヴーヴーッと鳴った。
「!」
携帯の液晶にはあの子の名前と、メールの着信を知らせる文字が浮かんでいた。
「会って話がしたい」
メールにはそれと、場所が記載されていた。
そこは毎朝の日課にしていた、ジョルノさんのよくいるカフェ。
私はすぐさま簡潔な返信を打つと、薄手の上着を片手に足早に家を出た。

「はあ、はあっ…」
息を切らしてカフェに駆けつけると、月明かりの中、確かに彼女がそこに立っていた。
久しぶりにちゃんと見た彼女は、何だか少し大人びて見えた。
「本当に来てくれたんだ…」
顔をふにゃっとさせて笑う彼女に胸がドキッと高鳴る。
「そんなの、当たり前じゃない…」
こちらも釣られて少し微笑む。
それが何だかとても懐かしい気がして、胸の奥がきゅっとなる。
「今日はね、ダリアに謝ろうと思って」
そう言って彼女は私にマフラーをかけてくれた。
「この間はごめん。私早とちりして…ダリアの言葉、全然聞いてあげられなかった」
「っ…」
私が悪いのに。私が悪いのにそう言って頭を下げる彼女に、凄く申し訳ない気持ちが押し寄せてくる。
そして、私もちゃんと話さなければ、と言う気持ちになる。
そう、私達は親友だから。
「あのね、保健室での事は、本当に誤解なの。私とジョルノさんは、別に付き合ってないし、私はジョルノさんを好きなんかじゃない」
「うん」
「私…私ね、だって私は…」
喉の奥が痛い。あと一言が出てこない。
そんな私の手を、彼女はぎゅっと優しく包んでくれた。
じんわりと温かい。その体温にほっとした私は、ぐっと勇気を振り絞って彼女の目を見つめる。
「私は、あなたの事が好きなの」
「…!?」
彼女は面食らったような顔をして、私の手を握っていた手にぐっと力がこもる。
しかし決して振りほどこうとはせず、私の言葉をじっくりと自分の中に噛み砕いているように感じた。
「…そっか。そうだったんだね」
そうしてもう一度手をぎゅっと握ると、ぽんっと軽く抱き寄せられた。
「気付いてあげられなくてごめんね」
「…っ」
色んな感情がない混ぜになり、ぶわっと涙が溢れてくる。
彼女の優しさと、やっと言えた感情と、一つの感情の終点が来てしまったこと。
私が年甲斐もなくボロボロと泣いていると、ふと体を離した彼女がハンカチで私の涙を拭ってくれた。
「もう、ジョルノが好きになっちゃうくらい可愛いんだから、泣いたりしないで」
暫く私の顔を眺めていた彼女は、あのね、とおもむろに話し始めた。
「ダリアが誘拐されそうになった事あったじゃない」
「…?うん」
「その時に助けてくれたのが、ジョルノだったんだよ」
「…!?」
待って欲しい。そのエピソードは私があなたを好きになったとても大事な記憶のはずなのに。
「そんな訳ない!あの時あなたが助けてくれたから私…!」
「私は助けを呼んだだけ」
そんな…。
「私は怖くて動けなくて、でも同じ背丈のジョルノが誘拐犯の一人に組み付いて、だから私も咄嗟に助けが呼べたんだ」
随分と雰囲気が変わっていたから、学校で会った時は最初気付かなかったけどね、と言って彼女は笑った。
「あ…だから保健室で、顔を見せてなんて言ってきたのかな…」
そう言えば誘拐の話をした後だったか。ジョルノさんの方は覚えていたんだな。
私が少し考え込んでいると、目の前の彼女がフッと笑う気配がした。
「私ね、やっぱり今でもジョルノが好き」
彼女の目は真っ直ぐで、とても強い意思を感じた。
「だからダリアの気持ちには答えられない」
「そっ…か」
わかりきっていた答えなのに、胸がズキンと痛む。
別に報われたいと思っていたわけではない。それでも心はちゃんと痛むようだ。
そうして少し置いてから、彼女は でも、と付け加えた。
「馬のいい話だけど、これからも親友でいてくれる…?」
そう言って私を上目遣いで見る彼女は可愛くて、やっぱり大好きで、でも、それでもいいと思えた。
「当たり前だよ…!」
そう言って今度はこちらからハグをする。
ぎゅっと腰に回された手のぬくもりが、ここ数日のあらゆる出来事をかき消していった。
こうして私達は晴れて親友に戻ることができたのであった。

次の日、久しぶりに彼女との登校。
行く先は通学路を少し迂回したカフェ。
そこにジョルノさんはいた。
「!」
私達の姿を見つけたジョルノさんは驚いた顔をして、集まっている女子生徒を掻き分けてこちらに近付いてきた。
「お早うございます…その、久しぶりですね」
少しは責任を感じているのだろうか、目をそらし申し訳無さそうにする様子が可笑しくて、私はクスクスと笑ってしまった。
それをジョルノさんは居心地が悪そうに見つめる。
「今までの事はもう許したから」
「…それは過去の誘拐の件と関係がありますか?」
「ないわよ。あなたのことは到底好きになれない。でも」
そう言って私はスッと手を差し出す。
「お友達なら、考えてあげる」
「!…僕はまだ、あなたに好意を抱いていますよ?」
「私!私だって、まだジョルノさんの事が好きです!」
彼女がそう言うと、私達は互いの顔を見つめて笑いあった。
そうして、私達は三人で歪な握手をした。
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