百合の花を摘む時 | ナノ



宣戦布告


「ん!ラッピングもうまくいった!」
そうして彼女はクッキーの入った包装紙を可愛らしいピンクのリボンで括った。
今日の私達のクラスは、家庭科の授業でクッキーを始めとした菓子作りに勤しんだ。
私はシンプルなパウンドケーキを作った。我ながら中々の出来だと思う。
私達を始めとする女の子達は、教室の机で思い思いにそれらをラッピングしている。
それより問題は目の前のハート型のクッキーだ。
「…ジョルノさんにあげるからハート?」
わかりきっている事を聞くなぁと、我ながら悲しくなる。
「うん!たっぷり気持ちを込めたハートだよ!私のハートを食べて〜なんて!」
きゃっと恥ずかしがる顔も可愛い。その顔が私に向けられればいいのに、なんて邪険な事を思ってしまう。
「じゃあ私のはあなたにあげるね」
そう言って、一口サイズにカットしたパウンドケーキが入った袋を彼女の机に乗せる。
「えー!いいの!?ダリアのお菓子おいしいから大好き!」
さっそくゴソゴソと袋の中からパウンドケーキを出すと、その一欠片を私に差し出した。
「二人で食べよ!」
天使か。
今頃天界は大騒ぎだね、だって君が今私の前にいるんだから。
自分で作ったただのパウンドケーキも、彼女に渡してもらうというオプションでどんな高価なスイーツよりも美味しそうに見える。
私が心で歓喜の涙を流しながらそれを頬張っていると、もぐもぐと口を動かしながらその子は少し不安げに呟いた。
「ジョルノ、私のクッキー食べてくれるかなぁ」
「…どうして?」
私はその単語に一気に現実に戻された気持ちだったが、悟られ無いよう平然を装った。
「だって他の女の子もたくさん渡してるはずだもん。もしかして捨てられたりしないかなって」
そう言いながら、可愛い包装紙を手で弄ぶ。
毎朝一緒にカフェに寄っているだけに、否定の言葉は不意に出てはこなかった。
興味が無い上に先日の一件で嫌いに一歩踏み込んでいる相手だが、モテているのもモテる理由もわかる。
しかしだからと言って彼女を泣かすことは許さない。
「そんなことしたら、私があのコロネを更にハンドミキサーでグルグル巻きにしてやるわ」
「それは酷いですね」
私が言うが早いか、私の背後にそいつは立っていた。
「ジョルノ!」
突然現れたジョルノに、彼女を始め教室の女の子達が歓喜の声を上げる。
逆にテンションが下がっているのは私だけのように思える。
何であなたがここに…なんて文句を言おうとした時、私より先に彼女が声を上げた。
「あ、あの!」
ガタッと椅子から立ち上がると、彼女はバッとクッキーをジョルノに差し出した。
「これっ…!よかったらもらって下さい!」
一瞬教室が静まり返る。
何だか私までドキドキとして、ただその光景を見つめた。
「…クッキーですか。ありがとうございます」
そう言うと、彼女の心配は何だったのか、ジョルノさんは案外簡単にそれを受け取った。
彼女も相当予想外だったようで、目をパチクリとさせていたが、じわじわと実感が湧いたのか、うるうると瞳に涙をためて微笑んだ。
「ありがとう!」
キラキラの、満面の笑み。
…全く面白くない。
私が机に頬杖をつき頬を膨らませていると、教室のドアがガラガラッと開いた。
「おーい日直。さっさと日誌出しに来ーい」
「わ!日直私だ!」
せっかくジョルノと一緒なのに〜!と言うその子に、ジョルノはさして興味もなさそうだった。
「ダリア!すぐ帰ってくるからジョルノ引き止めててよ!」
「えっ」
言うやいなや、彼女は日誌を持ってダッシュで先生の元へ走って行ってしまった。
暫く眺めていたが、あれは職員室コースだ。
「名前、ダリアって言うんですね」
…それまで私がこいつを引き止める?
相当嫌そうな顔をしていたのか、ジョルノさんは私の顔を見るとフッと笑って、先程まで彼女が座っていた席に座った。
私が特に答えないでいると、ジョルノさんはふと机の上に視線を落とした。
「これ、あなたが作ったんでしょう?」
これ、と言ってパウンドケーキを指差す。
引き止めろと言われたからには会話をしなければならないんだろうな…。
「ええ、まあ、そうですけど」
「うまいものですね」
あなたが私の何を知っていると言うんだ…いや、だめだ、こんな喧嘩腰ではダメだ。
私は引きつった笑顔で「し、趣味なので…」と言った。
それを見た彼は可笑しそうにクスクスと笑うと、意味ありげに人差し指を口元へやった。
「一口ください」
「なっ…いや、流石に見ず知らずの人には…」
「毎朝会っているじゃないですか」
その一言に教室がザワッと騒がしくなる。
「誤解を招くような言い方はやめてください!」
顔を真っ赤にして否定しても、もう教室のざわめきを消すことは出来なかった。
これは他のクラスにまで噂が流れるのも時間の問題かもしれない。
「…っ」
この人は一体何がしたいんだ。嫌がらせなのだろうか?
それにこのパウンドケーキは、これは
「これは他の誰でもない、あの子のために作ったんだから」
ぼそっと呟かれた言葉を、ジョルノさんは聞き逃さなかった。
少し驚いた顔をして、それから少し真剣な顔をした。
「…あなたもしかして、彼女の事、友達ではなく」
ギクッと体が震える。知られたかもしれない、他人に知られてしまった。嫌な汗がじっとりと手の甲をつたう。
「だ、だったら何よ、差別でもするつもり」
ぎゅっと汗ばんだ手を握りしめ、精一杯の強い口調で言う。
唯一の救いは、教室がざわついていて私のカムアウトまでは聞こえていないようだと言う事だ。
「いえ全く、そうですか、なら色々と辻褄が合うってもんですね」
そう言うと、ジョルノさんはおもむろに机の上のパウンドケーキを手に取ると、それを口に運んだ。
「え!?さっき説明したでしょう!?何考えてるのよ!」
私が反射的にビンタをしようとした手を、ジョルノさんは軽々とパシッと受け止めた。
「!」
「宣戦布告です」
教室のざわつきがピークになる。
振りかざした手を握られたまま、ジョルノさんは言葉を続ける。
「僕はあなたの事が好きみたいだ。だからあなたをおとしてみせる」
女子生徒のキャー!と言う嬌声のような、絶叫のようなものに包まれて、私はあまりの事に意識を手放した。
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