単発夢 | ナノ



普通に(ジョルノ)


「ねぇ、それ美味しそうだね」
そう言って、彼女はテーブル越しに僕のランチを指差す。
それは僕がチームに配属された日からもう日課のようなもので、これがこのチームの日常であった。
「一口ちょうだいよ」
そう言って、小さな口をあーんと子供のように開ける。
僕はどうもこの先輩が苦手だ。
僕は一つため息をついて、しかしいつも通り、彼女にフォークを差し出す。
今日のメニューは、シェフの気まぐれ日替わりパスタだ。
「ん」
ぱくりと彼女がそれを口に含む。
むぐむぐと数回咀嚼した後、いつものお決まりのセリフが発せられた。
「うん、普通においしい」
僕はこのセリフのせいで、彼女を好きになれない。
普通においしいとは何なのか。
普通とつける意味があるのか。
人からもらっているのにわざわざそんな微妙なことを言っては僕をモヤモヤさせる彼女が、苦手だ。


その事件が起きたのは、それから数日がたった夕方のこと。
僕は小腹がすき、軽めの食事を、と、サンドイッチを頼んでいた。
そして、それをいつも通りみゆ先輩にあーんとわける。
「ん、今日も普通においしい」
口の端をペロリと舐めて彼女はそう言う。
いっそ口を噤んでくれないだろうかと思う。口は災いの元とはよく言ったものだ。
僕は食べ終わった食器をウェイトレスに渡し、何の気なしに学生用カバンを開いた。
「あっ」
それまで明後日の方向を向いていた彼女が、何かに気付いたようにテーブルに身を乗り出し僕のカバンを覗き込んだ。
「クッキーがあるじゃない!」
「…ええ、実習で作ったものですが」
カサッと適当に包装されたクッキーをテーブルの上に出す。
それはとても基本的なプレーンのクッキーで、出来も我ながら平均的なものであると思う。
彼女はそれをキラキラとした目で見つめ、本日二度目のあーんの態勢をとった。
「こんなものまで欲しがるんですか」
「人を乞食みたいに言わないでよ」
「実際似たようなものじゃないですか…」
いつもいつも…とため息混じりに呟くと、彼女は全然似ていない!と、あっけらかんと言った。
「細かい事は気にしないのー、ね、ほら、あーん」
とんとんと自分の口元を叩いて、いつものように口を開けて待つ彼女に、今日も僕は反旗を翻す事は出来ないのであった。
せめてもの抵抗に、はぁー、とあからさまに長いため息をついて、僕は彼女の小さな口にその手作りクッキーを放り込んだ。
いつもの決まった作業だ。
ただ一つ違ったのは、あの一言が、なかったことだ
「ん、これおいしい」
彼女は少し驚いたような顔で、しかし幸せそうにクッキーをもぐもぐと食べている。
「…」
僕は今までのモヤモヤが晴れるような、むしろあのモヤモヤがあったからこその暖かい感覚に少し困惑した。
「…何よ、人の顔をジッと見て」
この気持ちが何なのかわからず呆けて彼女をジッと見ていると、彼女が不思議そうに小首を傾げた。
その仕草に、余計に胸の暖かさが広がっていく。
「別に、見てません」
「さては、お姉さんに惚れたな?」
にしし、と悪巧みをする子供のような顔で彼女が楽しそうに言う。
まさか。
「黙ってください」
そう言って彼女の口に追加のクッキーを放り込む。
「ん、やっぱおいしいわ、これ」
ニコニコと食べる彼女を見て、僕はグッと拳を握った。
まさか。
そう、こんなことでまさか。
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