単発夢 | ナノ



支配欲(ミスタ)


「ただいまーーー……」
仕事を終え、疲れた身体でガチャっとドアを開けてまず飛び込んできたのは、女の嬌声。
目に映ったのは、その女に向かって腰を振るミスタの姿だった。
「っあ!?今日は仕事で遅くなるんじゃあ…ッ!」
ミスタが、顔面に慌てていますと書いていそうな程に、動揺して汗を垂らす。何て滑稽な姿なのだろう。
「同僚が気を利かせてくれたのよ。記念日くらいはってね」
時間停止でもしたようにピタッと動かない二人をよそに、私は二人の直ぐ側にある椅子に腰掛け足を組んだ。
真正面から見ると、なるほど可愛らしいお嬢さんだ。ミスタの趣味じゃあないから、きっといい感じに騙されてしまったのだろう。
ちらりと見える控えめな胸元を眺めながら、可哀想にと、私はその見ず知らずの女を哀れんだ。
そして手土産に買ってきた少しお高いケーキを鷲掴むと、むしゃ、と一口食べ、どうぞ続けて?と視線をやる。
「や、わ、私、帰ります…ッ!」
もぐもぐとそれを咀嚼していると、女の方が耐え切れなくなったようで、布を一枚羽織ったような、そんな状態で部屋から出て行った。
それを冷めた目で見送ると、次いで未だに立ちすくんでいるミスタの方を見る。
「あー…………おかえり?」
この状況でまず出て来る言葉がそれなのか。
「今日、付き合って何年目の記念日だと思ってるの?」
「4…5年?」
「何で疑問形なのよ」
私ははああ〜と長い溜息をつく。
私の彼は浮気性で火遊びが絶えない。
ここら一体を牛耳るギャングの一員なのだから、モテて納得はするのだが、いい加減落ち着いて欲しい。
私が少し寂しい気持ちで俯くと、ケーキが入っていた紙袋に、名刺が無造作に入れられている事に気付いた。
「ん…?」
何気なくそれを拾い上げると、裏に「連絡を頂戴」の走り書きと電話番号が書かれていた。
行きつけの店だから、何となくその人物の顔は思い出せる。まさかそんな目で見られていたとは。私も捨てたもんじゃないじゃないか。
ふふんと少し気分を良くしていたら、それを訝しんだミスタが服を整えてこちらを覗き込んできた。
「あ?何だこれ…」
「イケメンのパスティッチエーレ。私に気があるんだって」
名刺をフリフリと振ると、ミスタはとても嫌そうな顔でそれをぶん取った。
「チンピラなんかじゃあなくて、その人の所へ行こうかな」
手を顎に当てて、少し意地悪にはにかむ。
するとミスタは私の前に仁王立ちになると、ビリビリとその名刺をやぶいた。
細かく切れた紙が、ミスタを見上げる私の顔に降り注ぐ。
「お前、それマジに言ってるのかよ」
私の座る椅子の隙間にガッと足を置くと、至近距離でミスタが私を見つめる。
その目は狼のようにギラついていて、少しでも動けば噛み殺されるんじゃあないかと思わせる凄味があった。
私はその目を見つめて、震える喉からせり上がるゾクゾクとした感覚に酔いしれる。
どんなに散々な扱いを受けてもこの男から離れられない理由、それは支配欲だ。
「自分はいいのに、私はダメなのね」
ぐっと喉を掴まれながら、私はカラカラの喉で笑う。
これなのだ。これが、たまらない。
「当たり前だろ、お前は俺だけ見てればいいんだよ」
何て傲慢なんだろう。何て最低な記念日なんだろう。
ミスタはそのまま頭を沈め、私の喉元に思い切り噛み付いた。
まるでそれはマーキングのように。
ああ、本当に何て日なんだろう。
じくりじくりとした痛みとは反対に、私は乾いた喉の奥でクツクツと笑った。
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