単発夢 | ナノ



奇妙な情(ブチャラティ)


終電もなくなった深夜のネアポリスで、私は大の字で空を見上げていた。
ゴミ捨て場に置かれたゴミ袋をクッションに、履いていたはずのハイヒールがどこかにいった事も気にせずに。
そう、私は泥酔していた。それはもう歩行も困難な程に。
泥酔して目の前の景色も虚ろな中、ああネアポリスの夜景は綺麗だなあ…と頭の片隅で思う。
それと同時に、決して治安がいいとは言えないこの街で、今こうしている事が、どれだけ危険か。頭では理解していた。
しかしそれさえどうでもいいのだ。今の私にはもう何もない、なくして困るものなど、もうないのだ。
私はそっと目を閉じ、永眠する覚悟で眠りについた。
そうして数分もしない内に、コツコツと石畳を歩く音が、私の目の前で止まった。
「こんな所で寝ていると危ないぜ、シニョリータ」
「んあ…?」
んごー、と豪快ないびきをかいて寝ていると、男性の声が私の上から降ってきた。
「家はどこだ?送って行こう」
その人は、綺麗に揃えたおかっぱ頭に、白い服を着た青年だった。
強姦魔やスリ…といった風でもない。不思議な空気を纏った人だ。
「家…家はねぇ…ない」
呂律の回らない声で言うと、その人は困ったように眉をひそめた。
「ないって…」
「帰りたく、ないのよ」
私がぼそりと呟くと、その人は少し黙ってから、私をヒョイと何の躊躇もなしに持ち上げた。
「ちょっ、何するのよ!」
「こんな時間にここにいると危ない。強姦してくださいと言ってるようなもんだ」
「今まさにそんな感じなんだけれど!?」
そう言うとその人はくすりと笑い、ゴミまみれの女をお姫様抱っこしたまま、どこかに向かって歩き出した。
最初こそ困惑したが、元よりどうなってもいいと思ってあんな場所にいたのだ。私は大人しくその胸に頬を寄せた。
トクントクンと言う心音が聞こえて、何故かとてもほっとした。
しばらく歩くと、1軒のリストランテが見えてきて、その人は一瞬私に目配せをすると、そっとその中に入った。
「ブチャラティ!おかえり!」
「おや、そちらのお嬢さんは?」
まだ少年程の歳の男の子と、穴が沢山あいた服を着た青年が私達を出迎えてくれた。
「天界からの落し物だよ」
「そうですか」
そうして私は何が何だかわからない内に優しく椅子に降ろされた。
「お姉さん、腹減ってねぇ?スパゲッティならあるぜ!」
そう言って少年が私に向けて麺が絡まったフォークを差し出してきた。
「…」
少し躊躇した後、私はそれをぱくりと口に含んだ。
もぐもぐとそれを食べる。正直味なんてわからない。何もわからないまま連れてこられて、何もわからないままスパゲッティを食べさせられて。
こんなトンチンカンな展開絶対に変なのに、そんな私を見守る見ず知らずの人達の視線がとても優しくて、私は知らず知らずのうちにボロボロと涙を流していた。
もうどうなったっていいと思っていた。実際ちゃっかり鞄はスリにあっているし、身体はゴミだらけだし。
しかしそんな見ず知らずの私を、こんなにも優しくもてなしてくれる人がいる。
周りの人間の視線でわかる、この人達がカタギの人間ではないこと。
しかし私は今、そんな人達に確実に救われていた。
「…帰る」
「ああ。送っていこう」
「ううん、もう一人でも大丈夫」
私は裸足ですくっと立ち上がる。
ここで初めてブチャラティと呼ばれた青年を、真っ直ぐに見つめた。
「ありがとう。気にかけてくれて。この御礼は後日必ずするわ」
「俺は何もしちゃあいない。それよりも、今度はどんなに寝心地の良さそうなゴミ袋があっても、寝るんじゃあないぞ」
寝ないわよ、と言ってブチャラティを小突く。
私は振り返らずにそのリストランテを出た。そして、私は裸足で帰路につく。
奇妙な、本当に奇妙な情を感じながら。
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