ジョルノ様は神様です! | ナノ



彼女の部屋


海での大きな任務も終わり、夏の暑さにバテ気味な僕達はアジトでダラダラと過ごしていた。
この炎天下に街の見回りになど行ったら熱中症で倒れかねない。
そんなバカなことをする奴なんて、このチームには一人しかいない。
…と、ここまで考えて、僕はある日常の異変に気が付く。
否、実際は数日前から微かに気になってはいたのだが、如何せん素直に気に留められなかったと言うのが正しい。
「…そう言えば、最近彼女を見かけませんね」
海での任務が終わり、数日が経った頃から、きょうこをパタリと見なくなった気がする。
その僕の問いに、ブチャラティが、ああ、言っていなかったか、と、書類から目を逸らさずに口を開いた。
「きょうこは毎年この時期になると、1週間程休暇をとるんだ」
「…そうだったんですか」
何も聞かされていなかった、とそんな事を考えて頭を振る。
別にわざわざそんな事を言い合う間柄ではない筈だ。
僕が一人でモヤモヤとしていると、ブチャラティがソファから立ち上がり、僕の目の前までやって来てスッとA4サイズの封筒を差し出した。
「たぶん家にいるだろうから、この書類を届けるついでに、様子を見に行ってやってくれ」
僕がそれを受け取ると、アイスを食べていたミスタが茶々を入れて来た。
「案外男とバカンスにでも行ってたりしてなぁ〜?」
「その時はポストにでも入れておいてくれ」
ふざけたミスタの言動に、ブチャラティが真面目に返す。
まぁ、最悪本当に留守ならポストに投げ入れておいてやろう。しかし、
「…何で僕が」
封筒を弄びながら、少しぶっきらぼうに言う。
下っ端の仕事だと言われればそれまでだが、これに関しては絶対にそれだけじゃあない。
「そんなの、お前自身がよくわかっているだろう」
ブチャラティがフッと少し意地の悪い笑みを浮かべる。
わかっている、きょうこが玄関を開けて、誰が立っていれば一番喜ぶかなんて。
自惚れかもしれないが、きっとそうなのだ。
「…みんな本当にきょうこに甘いんですね」
僕は諦めたようにため息をつき、封筒を無造作に鞄に詰めた。
そしてカップに残ったアイスティーを一気に飲み干した。
「では、行ってきます」
そう言って、僕は日差しの眩しい炎天下の空の下に出た。


「…ここか」
アジトから少し歩いた場所、学校から程よく近い立地に、きょうこの住むアパートはあった。
ブチャラティに教えられた部屋は301号室。ここでは一番上の階だ。
僕は階段を登り、一番手前のその部屋の前に立った。
そして、ピンポンっと呼び鈴を鳴らす。
…。
シーン、と暫しの沈黙。
本当にバカンスにでも出かけているのか?と、駄目押しでもう一度呼び鈴を鳴らす。
ピンポン。
すると今度は、部屋の中からバタバタと音が聞こえた。
何だ、いるんじゃあないか…と、炎天下の中待たされることに少し苛立たった。
そして少しの間の後、カチャッと鍵の音がし、キィ…と控え目にドアが開かれた。
僕は焦れったくて、ついヒョイっとその隙間から中を覗き込んでしまった。
「きゃああああっ!」
甲高い叫び声をあげて、その人は部屋の中に倒れ込んだ。
ドテンッ!ガシャンッ!と尋常ではない音が玄関に響く。
「な、大丈夫ですか?」
僕はあまりの展開に少し頭が混乱して、そっときょうこに近付いた。
きょうこは玄関にうずくまり、小刻みに震えていた。
「どうしたんです、いきなり…」
僕がそっと肩に手を触れようとすると、きょうこはピクッ!と肩を震わせて反応した。
「はっ!この声はまさかっ」
彼女は顔を上げて、涙のたまった目で僕を見た。
そして心底ホッとしたように、はあぁ〜と安堵のため息をついた。
「なんだ、ジョルノ様でしたかぁ…」
「何を泣いているんですか、意味がわかりませんよ…」
僕は立ち上がり、状況を説明しろと目で訴える。
「すみません、タイミングがよ過ぎたもので」
「タイミング?」
えへへ、ときょうこは笑い、転けて棚から落としてしまった置物などを直しながら僕を部屋の中へ誘った。
「とにかく上がって行って下さい。何故ジョルノ様がここにいるのかも含めて、お話しましょう」
どうぞ、と、粗方片付いた玄関に通され、僕は彼女の部屋へと足を踏み入れた。


招かれた彼女の部屋はカーテンが締め切られ、昼間だと言うのに真っ暗だった。
冷房のきいた部屋は寒く、何故か机には蝋燭が立てられ、テレビだけが部屋を照らしていた。
その尋常ではない空間に僕は一瞬たじろいだ。
「どうぞ」
そう言われて、暗闇の中ソファに座るよう勧められる。
僕はそれに従い腰をおろすと、真っ正面にあるテレビに目を向け、色々な合点がいった。
「ホラー映画ですか」
「そうです。怨霊がドア越しに語りかけるそのタイミングでジョルノ様がいらっしゃったので…」
なるほど、だからあんなに怖がっていたのか。
「お恥ずかしいところをお見せしました…」
「そんなに怖いなら、こんな雰囲気まで作って一人で見なければいいじゃないですか」
明かりの元ゆらゆらと揺れる蝋燭を見ながら僕は言う。
それを聞いて、彼女はわかってませんねーと肩をすくめた。
「それが、いいんじゃあないですか…」
そう言って笑った彼女は、テレビに映されている怨霊よりも不気味な顔をしていた。
得体の知れない寒気を感じていると、パチン、と電気がつけられた。
蝋燭やテレビ周り以外は、比較的綺麗に整頓された女性らしい部屋だ。
「紅茶かコーヒーどちらがいいですか?」
「紅茶で」
「かしこまりました」
彼女がキッチンに立つ間、何の気なしに部屋を見渡す。
そこで目についたのは、テレビの周りに山のように積まれたホラーゲームや映画や雑誌だった。
「これは…」
「あ、それは今年発売したホラー作品の一部です」
紅茶カップをトレーに乗せたきょうこが何でもないように言う。
「毎年お休みを頂いて、ホラーづくめの夏を過ごすのが私の楽しみなのですよ」
「そうなんですか…」
どうやらバカンスには行っていなかったようだ。
と、ここでホッとしてしまった自分に違和感を覚えるが、紅茶を飲んで知らないふりをする。
「変わった趣味をお持ちですね」
「ジョルノ様は、幽霊やゾンビに怯えるような、もっとか弱い女性がお好みですか?」
彼女もソファに座り、テレビのチャンネルをバラエティ番組に変えた。
「どうでしょう…美味しい紅茶を入れられれば、それだけでいいです」
「わ、私の紅茶は何点ですか!?」
バッ!ときょうこが勢い良く僕の方を見る。
僕はカップに波打つ紅茶を見つめながら、
「18点といったところですかね」
と言った。
きょうこはガーンと絵に描いたように落ち込んだ表情を見せたが、次の瞬間にはキリッとした顔になった。
「いや、でも18%は好きって事ですもんね!?」
どこまでも前向きな人だ…。
「お好きに捉えてください」
やったー!と彼女が笑顔で喜ぶ。
そして僕はここに来て、やっと本来の目的を思い出した。
「あ、そうだ、これ、ブチャラティからです。これを渡しにここまで来ました」
「わざわざありがとうございます」
彼女はそれを笑顔で受け取ったが、開封はせずに机に置いた。
用事も済ませたし、この紅茶を飲んだら帰ろうとカップに口をつけていると、部屋の一箇所だけやたらと散らかっている場所が目に着いた。
そこには普段彼女が着るのとは違う系統の服が何種類も山積みになっており、クリーニングに出した形跡も見られた。
「服はきちんとクローゼットに入れた方がいいですよ」
何の気なしにそう言うと、一瞬その場がピリッとした空気に包まれた。
驚いて彼女を見ると、焦ったように、そして困った顔ですみませんと言った。
「…?」
結局その日はその微妙な空気のまま、彼女の家からアジトへ戻った。
何かきょうこの気に障る事でも言ってしまったのだろうか。
しかし、それ以前に、僕は彼女の事を何も知らないなと今更ながらに気がついた。
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