ざざざ、じゅわー、ごぽごぽ、はーいお待ちどーん!

食堂に入った瞬間、辺りに立ち込めるいい匂い。
騒がしい音とジェリーさんの爆発的に元気に響く声を聞いて、わたしはいっきにお腹の底から空腹という元気の印が湧き上がってくるのを感じた。
捜索隊特有の白い制服を、乱れがないか確認をする。といっても動きやすい結構ラフな感じのものだから、まあちょっとおかしくても問題はないかな。
そして、さあいざゆかん!と息を吸って大きく一歩を踏み出せば、なんだか騒がしい音がすっと自分に溶け込んでいく気がする。ここは、少し薄暗い教団の中で唯一お祭り騒ぎのように明るい場所だから、肌にすごく馴染む。

食堂の長くて広いテーブルは、殆ど白で埋め尽くされていた。科学班とか捜索隊とか医療班とか。
その中で、黒い影がぽつんぽつんと見える。
あ、あれはアレンさんだ。
気づいて!という気持ちを込めて視線を送れば、彼は気がついてにこりと微笑んで手を振ってくれた。

「こんにちは、なまえさん」
「こんにちは。今日もたくさん食べてらっしゃいますね」
「育ち盛りですからねー。一本いかがですか?」

育ち盛りとかいう問題ではない量を、三人分のテーブルに広げて食している彼は、積み上げられたみたらし団子のタワーから、ジェンガのように一本を引き抜いてわたしに差し出してくれた。

「今日も、アイツ探してるんですか?」
「え?ええ、まあ…」

頂いた団子を頬張りながら、辺りを見回す。
アレンさんはというと、「アイツ」という言葉を口にした途端、口の中でもぐもぐさせていたオムライスを吐き出しそうな顔をした。あ、やめてください、ここ食堂だし、ていうか代名詞使っただけで気持ち悪くなるなんて、どれだけ犬猿の仲なのでしょうか。
わたしはアレンさんの背中をさすりながら、みたらし団子美味しいなと思いながら、なんとなく入り口のほうに目をやった。

あ、あたり。

思わず嬉しくなってしまったわたしは、アレンさんに別れを告げて、彼の敵もといわたしの探し人の背中を追った。

黒く綺麗な髪をポニーテールにしていて、歩く度に団服の裾と同じリズムで揺れる。なんだか、かわいらしい。
ちょうど注文の列に並んだ彼の後ろに、なんとか滑り込んだ。

「……」
「………」
「………ちっ」

舌打ちされた!
と、愕然とするようなかわいらしい女の子ではないわたしは、にこにこと笑いながら彼の顔を覗きこんだ。

「こんにちは、神田さん」
「…毎度毎度、うるせえっつってんだろ」

こちらを見ずに、嫌そうな声で答える彼。
すぐに神田さんの注文の番がきて、そのままのテンションでひとこと、「蕎麦」と言った。

「またお蕎麦ですか?神田さん」
「……悪いか。そうゆうテメェは――」
「あ、うどんお願いします!」
「……」

ジェリーさんは、「まーた、あんたたち極端なんだから!」とか面白そうに笑いながら、快く了解してくださった。
呆れたようにため息をつく彼に、お互い様じゃないですか、と答えると、ぎろりと睨まれた。あ、やっとこっち見てくれた。


「ご一緒してもいいですか?」
「来るな」
「一人で食べても、美味しくないですよ?ご飯は誰かと一緒に食べるものです!」
「蕎麦はいつでもうめえ」


ふふ、ほんとにお蕎麦がお好きなんですね。

わたしがにこにこと笑うと、どうやら神田さんの癪に障ってしまうようで、苛々とした顔で踵を返してしまった。

そのまま彼を追おうと思ったのだけれど、腕時計をちらりと見て、足をとめた。この調子でいったら、なかなか隣には座らせてくれそうにない。
今日はこのあと任務が入っているのだ。しかも結構遠いところなのでちゃんと準備をしなければいけないし、アクマから身を守る術を持たないわたし達は、心の準備というものも必要、だし。


仕方がないので、すとん、とアレンさんの前に座った。会釈をして箸を手に取ると、アレンさんは不思議そうに目をぱちくりさせていた。

「…どうしたんですか?」
「え?」
「いつもは、神田を追い掛け回して強行突破してるのに」

神田、という名前を口にしたとき、今度は飲んでいたお茶を噴出しそうになっていた。いやいやいや、アレンさんも極端ですよね。
これから任務なんです、というと彼はああ、と納得して複雑そうな表情をした。

「…気をつけてくださいね」
「大丈夫ですよ、まだ調査の段階ですし。イノセンスだといいですね」
「そう、ですね」

もしその事件が当たりだとしたら、それだけ危険が伴うのだけれど。アレンさんもそれを分かっているから、そうやって暗い顔をするんだろうなあ。
それでもわたしは捜索隊だし、自分の仕事に誇りを持っているし、そんな簡単に死ぬつもりもない。

「あ、いた。おーい、なまえ!地下水路集合だって!」

捜索隊の同じチームの先輩が、少し遠くのほうから手を振っていた。わたしは返事を短く返して、食べかけだったうどんをアレンさんに預けた。

「じゃあ、行ってきますね」

うどん、美味しいですよ。そう付け加えて席を立つと、アレンさんはもう一度気をつけてくださいね、と繰り返してくれた。



食堂の出口に一番近い席に、神田さんが周りと距離を空けて一人で座っていた。一人で食べたらいけないってあれだけ言ったのに、未だに神田さんは誰かと食べようとしてくれない。
お蕎麦をすっかり食べ終わったようで、お茶をゆったりと飲んでいた。つくづくそのセットが似合う方だ。
どうせこちらを見てはくれないけれど、わたしはしっかりと会釈をして神田さんの背中を通り過ぎようとした。

「おい、」


低い綺麗な声が、耳元を掠める。


「死ぬんじゃねえぞ、メシがまずくなるから」


本当に一瞬、周りに聞こえないような小さな声。
だけどわたしにはしっかりと届いて、それはこの微かな不安を払拭するに充分な音だった。

わたしは思わず立ち止まって、絶対にこちらを見てはいない彼に、そっと笑ってみせた。


「ちゃんと帰ってきますから、その時は一緒にお食事しましょうね」

ふん、とイエスともノーとも取れない言葉を漏らして、彼は席を立った。
楽しそうに食事をする人々の生み出す雑音と、たくさんの人の背中にまぎれていく彼を見送りながら、次はお蕎麦を食べようか、となんとなくぼんやりと思った。


(たった一言、それがこの胸をあたたかくする)
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