ぱち、びっくりするくらい綺麗に目が覚めた。ゆったりと起き上がると、足元にカラフルな箱がたくさん。
「……あ」
そっか。今日、誕生日だった。
ひとつひとつを取り上げて、カードに書かれてる差出人を確認する。お父さんお母さん、おばあちゃん、幼なじみ、ホグワーツの友達たち、それから、
「リリー!」
カーテンを開けると、ぱーんとクラッカー音。ベッドに腰掛けたリリーがにこにこ笑っていた。
「ハッピーバースデー、なまえ」
「ありがとうっ!開けていい?」
もちろん、というリリーの声を合図にわたしは包装紙を破った。キャラメル色のかわいいリボンのポシェット。わたしが前に欲しいって言ったもの。嬉しくて抱き着けば、リリーも抱きしめ返してくれる。あれ、と小さい呟きを拾って、わたしは顔を離した。
「あのプレゼントは?」
「え?……ジェームズたちからだ!」
瞬間、リリーの顔が曇る。まさか彼等からバースデープレゼントをもらえると思っていなかったわたしは、慌ててカードのメッセージを見る。「幸せな一日になりますように」包装紙を開ければ、中には薄いピンクのワンピースと、細かいビーズのついた靴と、小さな花のヘアピンが並んでいた。
「……なかなか粋なことするじゃない」
驚いているわたしをよそに、何か思うところがあったのか、リリーがにやりと笑って立ち上がった。
「さあ、着替えて!」
「……ヘンじゃない?」
貰ったものを全部身につけ、リリーにお化粧をしてもらったわたしは、なんだかちょっといつもと違って、そわそわする。
リリーが目をきらきらとさせて「とっても可愛いわ!」と手を握ってくれたから、少し安心する。
「今日はなまえが主人公なんだから、いっぱい笑ってね」
そう言って背中を押される。ふと、リリーの枕元に置いてある一冊の本が目に入る。あの本。リーマスくんが借りてたはずの。
「……っ」
リーマスくん。頭にぱっと浮かんだ笑顔に、胸が苦しくなる。
彼からのプレゼントは、なかった。当たり前だ。だってリーマスくんは、今日、誰かと、
「なまえ、どうしたの?」
「……ううん。ご飯食べに行こう!」
こんなに可愛い格好をして、みんなに祝ってもらえて、わたしはとっても幸せもの。
今日は、主人公。
リリーのその言葉を頭の中で繰り返す。
笑顔でいよう。ジェームズたちが言ってくれたみたいに、幸せな一日になるように。
朝食の席に、リーマスくんも、ジェームズたちもいなかった。心の中がざわざわするけど、気がつかなかったことにした。わたしの格好をみんな褒めてくれて、おめでとうって言ってくれる。せめてジェームズたちにお礼が言いたかったな。
たくさんお祝いしてもらって、しあわせなはずなのに、わたしの気分はなかなか晴れない。笑顔でいなきゃいけないのに、なかなか上手く笑えない自分が許せなくて、そっとみんなの輪から離れて席を立った。
浮かびそうになるリーマスくんのあの笑顔を、消し去るのに必死。今は誰かわたしの知らない子に告白をしているかもしれない。抱きしめているかも。キスをしているかも。
ジェームズたちはそれをお祝いしているんだろう。わたしは上手くおめでとうって言えるかな。
どろどろとしたこんな気持ち、主人公には似合わない。こんな可愛い服を着て、笑えないわたしなんて。
「リーマスくん、」
つぶやいた時、ふわりと足元で風が起こった。なんだかほんのり温かい風。おかしい、思った瞬間、体がゆっくりと浮いた。
「え…!?」
慌てても、地面に降りる気配はない。わたしは直立のまま、透明なエレベーターに乗っているみたいに空へと昇っていく。
靴のせいだ。
しまった、と思ったときには遅い。ジェームズたちからの贈り物を、なんの疑いもなく身につけたわたしが悪いんだ。
靴を脱ぐのも怖くて、いつのまにか勝手に空中を歩きだした足についていく。どうしていいかわからなくてわたわたしていると、頭上からくすくすと笑い声。
「シリウスくん!」
箒に乗ったシリウスくんが、暢気に片手をあげて笑っていた。
「俺らからのプレゼント、気に入ってくれた?」
「降ろして!」
「やーだね」
忘れてた。彼等が悪戯仕掛け人だなんて名乗っていること。いじわるく笑ったシリウスくんは、歩くわたしの横を飛ぶ。
「似合ってんじゃん」
「え?」
「かわいいよ」
「えっ」
「うーん、でもやっぱ、服は地味だったか」
さっと取り出された杖に、やばい、と身構える。杖をかまえようとする前に、きらきらと光が舞った。
「目を開けて、シンデレラ」
シリウスくんが笑う。そっと目を開けると、なんだか違和感。
「わ、」
「やっぱこっちのがいいな」
シンプルだったワンピースが、ふんわりとしたシフォンのドレスに変わっていた。派手すぎない、かわいらしいドレス。びっくりして声を出せないでいると、ぴたりと足が止まった。つられるように足元を見る。大きな湖と、そのほとりの一本の木。ここは、
「じゃ、魔法使いはここで失礼」
「ちょっと!シリウスくん、」
「王子様のこと、頼んだぜ」
ふわ、杖が揺れる。
わたしの体は急に足場をなくして、そのまま重力に従って落ちはじめる。慌ててシリウスくんに手を伸ばすけど、彼の箒に手が届く隙なんてなかった。
ぐんぐん地面に吸い込まれるように、わたしの体は落下していく。杖を振らなきゃ、そう思うのに、体がいうことをきかない。
来るであろう衝撃に備えて、ぎゅっと目をつむる。真っ暗な世界で、わたしの体がびゅんびゅん風をきる音だけ聞こえる。怖くて怖くて、現実から逃げ出してしまいそうになる。
「……なまえ!」
幻のようなその声が、わたしの意識を呼び戻した。
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