頭に浮かんだひとつの答えはとっても簡単で、だからこそわたしは、泣けなかった。


リーマスくんと元の関係に戻って数日。やっぱりわたしは、あの期間のことを聞けずにいた。
答えがわかってしまったわたしには、ただもう嫌われたくないという気持ちしかなくて。

大きく息を吸って、仰向けに寝転んだ。雨上がりの湿った土と草の匂いが、胸を満たした。木漏れ日を顔に浴びて、瞳を閉じる。ゆっくり、ゆっくり。このまま土に沈んでいけたらいいのに。
こういう時にきまって、本の中では誰かが助けにきてくれる。妖精だったり、王子様だったり、狩人さんだったり。
だけどここはほんとうの世界で、わたしは主人公じゃなかった。

そういえば、リリーのあの本の中では、主人公の友達が悩みにのってくれていた。
わたしも相談してみようか。そう何度も考えたけれど、それはとてもおこがましい気がして、そしてとても無意味なことだとわかっていた。だって答えは出てるんだもの。

つん、と鼻の奥が痺れた。だけどわたしは泣けなかった。

「なまえ」

突然かかった声に目を開くと、木漏れ日を背景にリーマスくんの顔があった。わたしは叫び声をあげそうになって、慌てて両手で口を押さえる。リーマスくんはちょっと眉をひそめてた。

「リ、リーマスくん…」
「なまえ、気持ちがいいのは解るけど、こんなとこで寝てちゃだめだよ」
「え?」
「無防備すぎるから」

そう言って、わたしの手を引っ張る。ありがとう、と言うと優しく微笑まれた。
そのまま手を引かれて、湖のほとりを歩く。何しに来たんだろう。やんわりと絡まる指に意識が集中してしまって、ぴりぴりとした電気が走るみたい。しばらく必死にごまかそうと何かが居そうな水の中を凝視していると、リーマスくんが口を開いた。

「ハッフルパフのあいつ、どうなった?」
「あ…もう、大丈夫」
「そっか」

あの次の日、きちんとごめんなさいと伝えたわたしは、あの時言えなかったこの気持ちをこっそり彼だけに伝えてきた。やっぱり彼は同じことを言ってきたけれど、真剣に答えたら分かってくれた。やっぱり、人の気持ちから逃げちゃいけなかったんだ。

「ヘンなことされなかった?」
「そんな、されないよ」
「…男をあんまり信用しちゃだめだからね」
「ふふ、リーマスくん、お父さんみたい」

そう言って笑うと、リーマスくんはちょっとむっとした顔をしてわたしの頭をがしがしと撫でた。お父さんは不服だったらしい。
少し乱れた髪を直しながら見上げると、リーマスくんはわたしがさっきまで居た木を見て、目を細めていた。その優しげな表情に、どきっとする。

「……ね、覚えてる?」
「なにを?」
「僕となまえが初めて喋ったのも、あの木の下だった」

もちろん、覚えてる。
あの木の下で一人本を読んでいたわたしに、リーマスくんが声をかけてくれたのだ。


なに読んでるの?

あ、同じ本、僕も読んだことがあるよ。面白いよね


今思えば、あの時からわたしはずうっと、リーマスくんのことを目で追っていたんだ。
紅茶の匂いにふわふわの綺麗な髪の毛、そして優しい笑顔。
王子さまみたい。
そう思って恥ずかしくなったことがあるけど、それは今でも変わらない。

お互いのことをよく知るようになって、本を交換しはじめて、隣の席に座るようになった。ジェームズたちと喋るようになって、お茶を飲むようになって、あの時からは想像もできないくらい、色々なことを話すようになった。リーマスくんは監督生になって、わたしはやっと自分の気持ちに気付いた。

そして今、わたしたちは手を繋いでる。

つう、と一筋涙が流れる。
泣けた。やっと、泣けた。だって、わたし、

「ね、なまえ」

リーマスくんのふわふわの声が、わたしの名前を呼ぶ。それ以上涙は出てこなくて、びっくりするくらい大人しい悲しみを、わたしはバレないようにそっと拭った。

「なに?」
「明日、好きな子に、告白しようと思うんだ」

見なければよかった。
そう思ってしまうほど、リーマスくんの顔は清々しいほど晴れやかで、私は繋いだ手を解いてしまった。体の真ん中が痛い。血液が凍ってしまったみたいだ。心臓がひたすら反抗する。

少し前なら、笑顔でがんばってだなんて言えたのに。わたしの口はぱくぱく酸素を取り込むだけで。

「一回は諦めようと思ったんだけど…気持ちに気付いてもらえないまま、他の誰かに渡すなんて嫌だなって」
「……」
「だから、明日。がんばるよ」

なんでリーマスくんは笑うんだろう。残酷だ。わたしが気付く前に、その子に告白してしまって欲しかった。わたしの知らないうちに、出来上がった幸せを見せて欲しかった。だって、作っているところをみたら、壊してしまいたくなってしまう。

だけど、わたしはリーマスくんが好きだから、笑っていて欲しいから、何度だって嘘がつける。

そう、好きだから。好き。好きだよリーマスくん。

「うん」

すごく自然に笑えた。
だけど、彼の手をもう一度握ることは、どうしてもできなかった。

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