ふわり。
微かに香る懐かしい紅茶の匂いに、胸がきゅっとなる。掴まれている手首は力強いのに、痛くない。なんでだろう。なんだか泣きたくなって、白い煙に包まれていれば泣いてもバレない、なんて思った矢先に溶けるように煙が消えた。
うっすらと見える、鳶色のあたま。もう随分見慣れてしまったうしろ姿。
それでも止まらない足は、角をふたつ曲がって、階段をひとつ上って、誰もいない廊下に出たときに、ゆっくりと止まった。

「…リーマス、くん」

ぴくり、わたしを掴む腕が揺れる。
それからしばらく黙ったまんま。
振り向かないつもりなのかな。やっぱり目も合わせたくないのかな。
自分の靴を見つめながら下唇を噛んだとき、わたしの手首を掴んでいた指が、するりとわたしの指に絡まった。

「ごめん」

頭の上からかかった声。久しぶりにこんなに近くで聞くリーマスくんの声。
慌てて顔を上げれば、苦しそうに眉を寄せたリーマスくんがいた。

「ごめんね…なまえ」
「なに、が?」
「……」

おしゃべりが上手なリーマスくんなのに、言葉を発するのに困っているみたいだった。
やがて、決心したように、リーマスくんの目がわたしを捉えた。
あ、久しぶりに、目が合った、

「勝手なことして、ごめん」
「勝手なこと?」
「彼から、無理矢理、引き離した」

きゅっとリーマスくんが握る手に力が入る。こんな弱ったような彼ははじめてみた。シリウスくんが言っていた、元気がないというのがわかった気がする。
笑って欲しいのに。ごめんねなんて言わないで。謝らなければいけないのは、本当はわたしのはずなのに。

「リーマスくん、謝らないで」
「でも、僕は勝手に、」
「ううん。わたしも、いや、だったんだ」

目を真ん丸にして、リーマスくんが顔をあげた。そういえば、いつからわたしたちのこと見ていたんだろう。

「なんで?」
「なんで、って」
「あいつと付き合ってるんじゃないの?」

今度はわたしが目を丸くする番だった。びっくりして暫く固まった後、慌てて首を横に振った。どうやら、わたしが抱きしめられてるとこだけ見たみたい。リーマスくんから見たらそう見えてたってことが、なんだかすごく嫌だった。

「じゃ、なんで、」
「あの…告白、されて。断ったら…」
「まさか、無理矢理?」
「う、ん」

こくり、と頷けば、リーマスくんはいつもより低い声で「なんて奴だ」と呟いた。見上げた目はびっくりするほど冷たくて、わたしは静かに息を呑んだ。その炎もすぐに消えて、安心したようなほんのりとした温もりがわたしの目を見て、彼はゆっくりと息をはいた。

「でも…どうして助けてくれたの?」

わたし、嫌われてると思ってた。わたしのこと怒ってて、もうどうでもいいんだと思っていたのに。

繋いだままのリーマスくんの手が揺れる。ぱっと頬を染めた彼は、目を伏せて、空いている手で頭をかいた。

「なまえが抱きしめられてるの見たら、ついカッとなっちゃって、」
「……え?」
「気付いたら、煙玉、投げ付けてた」

バツが悪そうに笑うリーマスくん。
いつも冷静な彼が、我を忘れるなんて想像がつかなかった。悪戯だって、たいていリーマスくんは見てるだけなのに。
ほかん、としていたわたしの頭を、リーマスくんは頬を染めたままくしゃりと撫でた。

「なまえだから、だよ」

照れ臭そうに笑ったリーマスくんは、すごく、すごくかっこよかった。伝染したように、わたしの頬も熱くなる。

何か言おうと口を開いた時、遠くでフィルチさんの声がした。たぶんまだ残ってる煙をみて怒っているのだろう。
リーマスくんがわたしの手を握り直した。

「逃げなきゃ、なまえ」
「えっ?」
「あれ、ジェームズが作ったやつなんだ。多分一時間は消えないよ」
「ええ!?」

そんなの、すごく怒られる。
焦るわたしをよそに、リーマスくんは楽しそうに笑った。
久しぶりにみた、リーマスくんのほんとの笑顔。胸の奥がきゅっとなって、温泉に入ったみたいにほんのり温かくなった。

「ほら!」

くい、と引かれる手に従って、わたしたちは走りだす。
楽しそうなリーマスくんの声に、いつのまにかわたしも笑っていた。

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