勇気のグリフィンドールだなんて、よく言ったものだと思う。
シリウスくんの話を聞いてから、もうずいぶんと経ってしまった。わたしに備わっているはずの勇気は一向に顔を見せず、うじうじと心の中が焦れるだけ。
なにもできないわたし。なにも変わらないリーマスくん。
それでも毎日は過ぎていくんだから、時間ってせっかちだなあと思う。
「はよ、リーマス」
「ああ、おはよ」
リーマスくんはずっと同じ笑顔。シリウスくんが困ったように眉をひそめて私を見た。目が合って、私はどうしていいか分からなくてとりあえず口元を吊り上げてみた。シリウスくんの視線の先を辿ったリーマスくんが、わたしを見て驚いてふいと目を逸らした。ずきん、胸が痛んでわたしも視線を下ろす。
そんなことを繰り返して、繰り返して、そしてわたしにはひとつの変化が訪れた。
「好きです」
ぽかん。
そんな音が出そうなほど、わたしの口は開いていたと思う。
ハッフルパフの男の子。何度か授業で同じグループになったことがある。大人しいかんじだけど、顔はかっこいい。わたし的には、シリウスくんよりも彼のほうが好みのイケメンだなあ、はじめて会ったときにそう思った覚えが、ある。
「俺と、付き合って」
彼と目が合った瞬間、いっきに顔に熱が集まった。頭の中が真っ白になって、心臓がうるさくなる。目の前が霞みそう。逃げ出したくなったけど、なんとか踏み止まれた。
「あ、あの、」
「ずっと前から君のこと見てたんだ、ずっと、ずっと好きだった!」
「えっ…と、」
「嫌なとこがあったら直すから!君に好かれる男になるから!」
火が点いたように喋る彼。言われたことのないような言葉を、たくさんたくさん降り注いでくる。わたしはひとつひとつの言葉が心臓に悪くて、頭がぼうっとして、もうなんだかわからない。どうしたらいいかわからないよ。
でも、わたし、ちゃんと断らなきゃ。
だって、だって わたし。
わたし…?
「わたし…は、」
彼が口をつぐんだ。じっと見てくる綺麗な目から逃げるように、汚れた私の靴を見た。
「ごめん、なさい」
すっと息を飲む音が聞こえた。ちゃんと目を見て言わなきゃ。そう思って顔をあげたら、がっと肩を掴まれた。痛い。いっきに恐怖が熱を冷まさせた。
「なんで?他に好きな男がいるの?」
「……えっ」
「いつも一緒に居る監督生か?」
リーマスくん。
見ることができなくなったあの笑顔が、頭にぱっと咲いた。
わたしは何も言えなくて、下を向く。
それが気に入らなかったのか、私の肩を掴む力がぐっと強くなった。
「い、痛いよ、」
「アイツより、俺のほうが絶対いいよ」
「なに…言ってるの?」
「試しにでもいいから、俺と付き合おう」
否定する間もなかった。
掴まれた肩をそのまま引かれて、わたしの体がふらりと傾く。あったかい、冷静にそうわかった時には、背中に彼の腕が回って、頭を胸に押し付けられていた。
抱きしめられてる。
拒まなきゃ、そう思って彼との間に手を入れて押そうとしても、びくともしない。
「やめ……!」
大きな声を出そうとしたとき、突然爆発が起きた。足元から強い風と煙がまき起こり、視界が真っ白に染まる。ごほごほ。咳込んだ彼の手から力が抜ける。その瞬間、別の手がわたしの腕をつかんだ。
「わっ」
誰のかわからないその手に強く引かれて、そのまま導かれるように走りだす。
周りは真っ白で何も見えなくて、ただ手を引かれるままに走った。ハッフルパフの子が何か叫んだ気がする。でも彼には悪いけれど、そんなことは気にならなかった。
私の前を走るのが誰か、姿は見えないのにわたしにはどうしてだか、分かる気がしたから。
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