04



コナンはどうやら”本人しか知り得ないだろう質問”を、三人に聞いて回っているようだった。早々に容疑者から外されたゆいなは、その様子を黙って眺めながら、自分なりに答えを考えていた。
キッドの好みを考えると、梓に変装している可能性が高そうに思われる。トイレまでわざわざゆいなを迎えに来たのも、改めて考えると不自然だ。
誰かがキッドなのだと思うと、なんだか悔しいような気恥ずかしいような、妙に居たたまれない気持ちがした。きっと、別人の顔の下で、悩むコナンとゆいなを観察して楽しんでいるのだろう。

「あれ?ゆいなさん、ちょっと」

安室の声に振り向くと、彼はくすりと笑って、自身の頬を人差し指で軽く叩いた。

「顔に、白い塗料がついてますよ」
「え?いつ付いたんだろう…とれました?」
「いえ、まだ…」

塗料のついた手で触ってしまったのだろうか。無造作に顔を擦るが、安室は首を横に振る。「少し触りますね」と断ってから、彼の指先が頬骨のうえを撫でた。固定するように頬に手のひらを添えて、骨ばった親指が数往復する。頬を包む温かい体温に、反射的に心臓が跳ね上がる。最後にぐっと近づいて確認すると、彼は邪気のない笑顔でにこりと笑った。

「よかった、取れました」
「あ、あ、ありがとうございます…」

ああ、こうやって安室ファンは出来上がっていくのか、と冷静なことを考えながらも、心臓が落ち着かない。恥ずかしさで逃げ出したい気持ちを抑えてなんとかお礼を言うと、突然、彼は一瞬だけ瞳を鋭くして振り返った。

「………ホー、なるほど」
「ど、どうしました?」

くるりともう一度向かい合った安室は、隙のない笑顔で首を振る。

「いえ…ところで、ゆいなさん、好きなケーキはなんですか?」
「え?今ですか?」
「はい、今です」
「えっと、シフォンケーキかな…」
「いいですね。生クリームたっぷりの紅茶シフォンはどうです?」
「好きです!」

思わず声に力が入ると、安室はおかしそうに声をあげて笑った。

「では、今度ポアロに来てくださった時に、特別にお出ししますね」
「あ、ありがとうございます…?」
「はは、また警戒してる」
「だって…」

安室が、今度は振り返ることはせずに、視線だけを一瞬背後に送る。まるで敵の気配を探る、スパイ映画の主人公みたいだ。なにかあるのかと彼の後ろを見ても、コナンと会話する公安の刑事がいるだけだ。
どうやら、コナンの質問にたじろいでいる件の刑事と安室は、はじめから顔見知りのようだった。新一も目暮警部と親身にしていたし、探偵となればそういった交友関係もあるのだろう。けれど、ゆいなは、彼等の関係性に少し違和感を感じていた。深い関係性であることを大っぴらにしたくないかのように、こっそりと二人だけで話す姿は、まるでコナンとゆいなのようだった。

「あの、安室さんって、もしかして、」

その先をゆいなが言い切る前に、安室はさっと人差し指を唇にあてて目くばせをした。様になるその仕草に、どきりとする。固まるゆいなの耳元へ顔を寄せると、ひそりとした低い声で囁いた。

「それは、胸の内に秘めておいてくださいね」

すぐに体を離した彼と目が合うと、柔らかくにっこりと微笑んだ。とても優しい表情だが、反対に、頷く以外はあり得ないという圧力を感じる。ゆいなは逆らうことなく、大人しく首を縦に振った。



「中森警部!怪盗キッド発見の報告は、未だありません!」

出動服に身を包んだ警察官の報告に、中森警部が声を荒立てる。この場にいるのだとしたら、館内を捜索しても見つかるわけはないのだが、コナンはそれに言及するつもりはないらしい。
もっと念入りに捜索を、という指示を出して、中森は大きく溜息をついた。

「あ、梓さんたち、いた!」

重たい空気を破るように、蘭と園子が展示室に姿を見せる。

「コナンくんから聞きましたよ!梓さんが、キッドの大ファンだって」
「もー、二人とも抜け駆けしてくれちゃって」
「ごめんなさい…でも、結局キッド現れなかったし…」
「ああ、彼奴は令和の魔術師の名の如く、ティアラを盗んで煙と共に姿を消しおったよ…」
「あのさー、僕、キッドの居場所わかるけど…」
「本当か!?」

コナンの言葉に、次郎君が感嘆の声をあげる。コナンは無邪気な笑顔を浮かべて大きく頷くと、彼等を部屋の外へと連れ出していった。

「待って、コナンくん、私も…!」
「ほらほら、ゆいなも、もう帰ろ!梓さんも、そんな恨めしそうに見つめてても、もうキッドは戻ってこないって」
「だ、だよね」
「やば、もう2時だよ!」

園子にぐっと腕を掴まれて、ゆいなは伸ばしかけた手を下ろした。コナンたちの動きが気になるが、ここで園子を振り払って行くのも不自然だろう。背中を押されるまま、展示室を後にする。荷物をまとめて、園子が手配してくれた迎えの車を待つ間、なんだか落ち着かない様子でそわそわとしていた梓が、思い立ったように口を開いた。

「わ、私、忘れ物しちゃったみたい!ちょっと探してくるね」
「え?ウチらも行こうか?」
「大丈夫!すぐ戻るから、待ってて!」

梓は答えを準備していたかのようにきっぱりと断ると、すぐに慌てた様子で出ていった。その後ろ姿を見送って、ゆいなはふと胸騒ぎを覚える。コナンが「キッドの居場所がわかった」と言っていたのに、ヘリコプターの音以外、館内が妙に静まり返っているのが気になった。

「私、心配だからついていくよ」
「ありがと。ゆいな、おねがい」

ティアラが展示されていた展示室を覗くと、予想通り、梓がケースの前に立っていた。予想外だったのは、彼女の前に公安の刑事がいることだ。声をかける前に彼女がこちらに気がついて、ぱっと顔を輝かせた。

「ね、ゆいなちゃんからもお願いして!」
「えっ!?」

梓に強い力で腕を引っ張られて、身代わりのように刑事の前に突き出される。
じっと真顔でこちらを見下ろす刑事の圧と、期待に満ちた目で見上げる梓。状況が飲み込めないでいると、梓はもう一度「お願いして!」と懇願し、ゆいなの背中を押した。押し出されて半歩前によろけると、オリーブドラブ色のスーツが眼前に広がる。慌てて体を離して、ゆいなは彼の顔を見上げた。

「……お、お願いします…?」
「……っ」

彼がぱっと顔を逸らす。それから額に手を当てて、息を吐くような小さな声で「あのなあ…」と言った。

「駄目なものは駄目です。お引き取りを」
「あーあ。わかりましたあ…」
「え、結局なんのお願いだったんですか?」
「キッドのカードの写真が撮りたかったの」

梓が残念そうに溜息をつく。忘れ物というのはこのことだったのだろう。ちゃっかりと抜け目がなくて感心する。帰ろっか、と残念そうに唇を尖らせる梓の後を追いながら、ゆいなは展示室をもう一度振り返った。公安の刑事が、真っ白に塗り固められたケースの前で立ち尽くしている。

「(いまの、もしかして、)」

音を立てて夜空を飛ぶヘリコプターの明かりが、月明かりのように窓から差し込んでいる。
白い床へと影を落とした彼が、ゆっくりとこちらを振り向く。ゆいなと目が合ったことを確認して、悪戯っぽく微笑むと、人差し指をそっと唇に当てた。


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