01



『…ところでさ、ゆいな、明日って暇?』

期待をはらんだ快斗の声に、ゆいなはうっと言葉を詰まらせた。ベッドの上に投げ出した身体を起こして、スマホを耳に当て直す。返事をする前に、快斗が言葉を続けた。

『オメーがこないだ観たいって言ってた映画行ってさ、ついでにTシャツ欲しいから、いいの選んでよ』
「ごめん、明日は蘭たちと展示会に行くって、さっき約束しちゃったんだ」
『展示会?』
「うん、米花町でやってる、ロバノフ王朝の秘宝展。園子がチケット用意してくれて」
『あーそっか、鈴木財閥の…王妃の前髪か…』

電話の向こうで、快斗が考え込むように黙る。不穏な空気になってしまったかと思えば、それも一瞬のことで、返ってきた快斗の声はいつも通り明るいものだった。

『名探偵によろしくな』
「うっ……うん。蘭と園子と、コナンくんと行く…いやだった?」
『今さらアイツと遊びに出かけるくらいで怒ったりしねーよ』

からからと笑う快斗に、ゆいなはほっと息を吐く。新一が居るとなると、いつも少し唇を尖らせているというのに、電話の向こうの快斗はなんだか楽しそうだった。

『でもま、くれぐれも、アイツによろしくな』





「よろしくって…そういうこと…」

怪盗キッドの予告状の話をコナンから聞き、ゆいなは昨夜の会話を思い出して、ようやっと電話の向こうの快斗がどんな顔をしていたのか想像ができた。悪戯を思いついた子供の顔。おそらくそれだろう。

今朝になって突然出された怪盗キッドの予告状は、どう考えても、ゆいながロバノフ王朝の秘宝展に赴くことが分かったから、出されたものだ。昨夜まで、快斗はデートをする気だったのだから。もともと狙っていて下準備をしていたにしろ、今日を決行日に選んだのは、明らかに昨日の電話がきっかけだろう。

「ウソ!怪盗キッドがくるの!?」

大きな声に振り向くと、何人か人を挟んだ向こう側に、こちらを見て目を丸くしている女性がいた。周囲の視線が集まっていることに気が付くと、慌ててぱっと顔を覆って、隣に居た男の背中に隠れる。

「あれ?梓さんに安室さん!お二人も来たんですか?」
「ポアロのエアコンを取り替えてる間に、二人で行ってきたらって、マスターがチケットを…」
「えー?とかいって、本当はデート、」
「ちがうから!!」

梓は大きな声で否定すると、あっと何かを思いついたような表情をして、園子の腕を掴んだ。

「私は園子ちゃんたちと来てて、安室さんはコナンくんと来てることにしましょ!」
「なんでわざわざ…」
「あれ?梓さん、眼鏡かけてましたっけ?」
「これは変装よ!それにしても、ゆいなちゃん久しぶりね。江古田高校に行ってから、あんまりポアロに来てくれないんだもの」
「へぇ、ゆいなさんは帝丹高校じゃないんですね」

安室がにっこりと笑って、興味深そうにゆいなを見た。ポアロのアイドルである安室透に気が付いた周りの客が、ざわざわと色めき立っているが、たいして気にしていない様子で彼は続ける。

「幼馴染だと聞いていたので、てっきり、蘭さんたちと同じ高校かと」
「そうなんです。やっぱり高校が違うと、なかなか会えなくて…」
「そのわりに、コナンくんとは随分と仲良しですよね」

安室の言葉に、ゆいなは笑顔を引き攣らせた。彼の声は穏やかだが、言葉の端に棘が潜んでいる。安室の態度には、心当たりがあった。ベルツリー急行で、隠れてコナンに協力していたことが、安室に勘づかれているのかもしれない。
ゆいなは「弟みたいなんですよね」と笑って見せた。ポーカーフェイス、という恋人の口癖が頭に浮かぶ。彼は息をするように、なんなく表情を操るのに、自分には到底出来そうにもない。
助け舟を求めてコナンを見ると、彼は少し申し訳なさそうな顔をしたあと、幼い声を上げた。

「それにしても、中に入るまで1時間くらいかかるんじゃない?暇だねー」
「あ!じゃあ、安室さんのカードマジックなんてどう?」
「え、見たい!わたし、トランプ持ってるわよ」

園子が手渡したトランプを、安室が慣れた手つきでシャッフルする。「タネも仕掛けもありません」というマジシャンの決まり文句を遊び心を含んで言うが、カードを触る指先は相当練習しているように、ゆいなには思えた。カードの束の一番上にあったハートのAを一度見せ、束の中に入れる。

「さて、ハートのAはどこに行ったと思います?」

普通に考えれば、いま入れた束の中。しかし、安室の言葉に、蘭がそっと一番上のカードをめくると、束の中に入れたはずのハートのAが表を向いた。

「え!すごーい!ハートのAが一番上に戻ってる!」
「ね!すごいでしょ!」
「安室さんなら、キッド様と渡り合えちゃうかも!」
「安室の兄ちゃんならいけるかもね!ね、ゆいなねえちゃん!」
「うん、プロの手つきでした!」

大袈裟ですよ、と笑う安室に、ゆいなは素直に感嘆して拍手をした。

「ダブルリフトからの…ダブルターンオーバー…」

聞き覚えのない声に振り返ると、帽子を目深に被った中年ほどの男が、安室の手からカードを取り上げた。先ほどのマジックを、専門用語を交えながら、丁寧に解説する。
その話し方に、ゆいなは思わず見知らぬ男をじっと見つめた。

「(もしかして、この人…)」
「大昔からやられてるこんな子供だましで、勝った気でいるんなら、」

ちらり、と帽子の奥の瞳と目が合う。その目はほんの一瞬、悪戯っぽく細められた。

「痛い目に合うぜ?名探偵!」

男がカードを宙に投げると、空に舞い上がったカードが瞬時に鳩に姿を変え、そのまま空の向こうに飛び立っていった。

「え!?カードが鳩に…」
「あれ、さっきの人、いなくなってる。何だったんだろう…」
「多分、怪盗キッドだと思うよ…ボクを挑発しにきたんだよ」
「ええ!?うそ!」

コナンが確認するように、ゆいなを見上げる。首を横に振ったところで、まったく説得力がないので、ゆいなは大人しく頷いた。
ずっとこちらを観察していたのだとすると、キッドが予告状を出していることをつい先程知って驚いている様子を、面白がって見ていたのだろう。少し悔しい。

「あ、やだ!またサインもらい損ねちゃった!」
「あはは、いつか機会があるといいね」
「そういえば…ゆいなといる時って、キッド様に出会える確率高くない?」

園子の言葉に、ゆいなは一瞬たじろいだ。

「そ、それは、コナンくんじゃない…?キッドキラーだし…」
「まあ、それもそうか」
「ねえ、もしかして、ゆいなちゃんもキッドファンなの?」

なぜだか期待に満ちた瞳で、梓が顔を覗き込む。

「えっ、ファンかと言われると…」
「知ってるのよ、わたし。いつも興味ないって言うけど、アンタがキッド様のこと好きなの」
「な、なんで」
「キッド様がテレビに映る度に、恋する乙女って顔してんの、気付いてないの?」
「え…!?」

かっと耳が熱くなって、ゆいなは思わず両頬を押さえた。にやにやと笑う園子に言い返しそうになり、言葉を飲み込む。あくまでファンとして、なのに、こんなにも過剰に反応するのはおかしい。ポーカーフェイス、ともう一度心の中で唱えるが、同時に快斗の顔が頭に浮かんでしまい、手繰り寄せた冷静さが掻き消されてしまった。
視界の端でコナンが呆れた顔をしているのが見えて、羞恥心がさらに掻き立てられる。ゆいなはたまらず顔全体を押さえ込んだ。

「ゆいなちゃん、怪盗キッドのこと、そんなに好きなのね」
「…………はい」

梓の言葉に、ゆいなは開き直って返事をした。

「仕方ないわね、今日も予告時間にその場に居れないか、おじさまに掛け合ってあげるわよ!」
「園子ったら、最初からそのつもりだったでしょ?」
「まあねー」
「もう…あんまりからかわないでよ…」
「恋愛と推しは別物なんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない!」

ファンとして胸を張りなさい!と園子が快活に笑う。
恋愛と推しが一緒なのだとは、到底言えるわけもなく、ゆいなは赤くなった頬の火照りを冷ましながら、曖昧に笑顔を作るのだった。


prev|top|next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -