中庭と接している渡り廊下の予想外の寒さに、私はローブを体にぎゅっと巻き付けた。
昼食は、熱々のシチューが食べたい。口の中を火傷しないギリギリくらいの。
そういえばこの間、シリウスが「曇り止めの魔法かけてやるよ」ってジェームズの眼鏡に魔法をかけたら、食事の間ずっと、ジェームズの目が大きくなってバサバサ睫毛に見えるようになったあれ、すっごく地味だけど面白かったなあ。
あ、そうだ。次のホグズミードの日にリーマスと約束してるカフェ、予約とか出来たんだったっけ、後で聞いてみよ――


「なあ…お前さ、俺のこと、ちゃんと彼氏だと思ってんの?」


早足になった私を追いかけるように、背後から唐突に飛んできた言葉に、私はたちまち足と思考を停止した。
咄嗟に振り向いたあと、たっぷり時間をとって、聞き返す。
目が合ったハンサムな男は、不機嫌に眉を寄せていた。

「………は?」
「は?じゃねーし。お前、今メシのこと考えてただろ」
「うん、シチュー食べたいよね」
「………はあ」

シリウスは額に手をあてて、あからさまなため息をついた。
単純だ、と馬鹿にされているような口ぶりに、ムッとする。あんたの頭の中だって、似たようなものだろうに。
シリウスの思考の割合なんてどうせ、ジェームズたちのこと40%、悪戯のこと40%、バイクのこと20%といったところだろう。あ、嘘みたいに頭いいから勉強も多少はあるかも。本当に、こいつの要領の良さはバグだと思う。

何かを言い返そうとして、私は突然冷静になる。
いつもの憎まれ口に流されそうになったけれど、最初の言葉を反芻した途端、さっと体を巡る血が冷えていったのを感じた。

"ちゃんと彼氏だと思ってんの?"

プライドの高いシリウスからは、到底想像もつかない質問。

「え、どういう意味?」
「……やっぱいいよ、別に。忘れとけ」
「よくない、よくない!」

立ち止まった私を無視して、通り過ぎて行こうとする彼の腕を、慌てて掴んで引き止める。
シリウスがこちらを振り向かないことに、急に不安を感じる。
私はシリウスの頭の中くらい、よく分かっているはずだ。だって6年間ほぼ毎日一緒にいたんだから。そんじゃそこらの親友なんて太刀打ちできないくらい、私たちは仲が良い。そのはずなのに、今は彼が何を考えてるのか全然分からなくて、怖い。

「言ってよ、シリウス。言ってくれないと、わかんない」

ただ、ここでへらっと笑って曖昧にするような女のことを、シリウスは嫌いだし、私自身も到底許せないのはよく分かっていた。

シリウスは困ったように肩を竦めた。
後悔しているようでもあり、私が食い下がったことに安心しているような、なんともいえない顔だった。
そっと手を離せば、彼は頭をかきながら、くるりと背を向けた。

「お前さあ、」
「うん」
「ジェームズたちのこと、大好きじゃん?」
「え……まあ、うん」
「俺と居ても、あいつらのこと考えてるだろ」

最後の言葉は、いつも声が大きいシリウスにしては、自信がなくて弱っちい声だった。
私は返す言葉が見つからなくて、というか唖然としてしまって、冷たい風に揺れている、少し長めの黒髪を目で追うことしかできなかった。
黙り込んだその背中が、なんだか違う人のもののように見える。

名前を付けるなら、親友だった。
いや、親友と言うのもくすぐったいくらい、家族だった。
愛しているかと聞かれれば――いや、絶対に聞かれても言わないけれど――愛している。
ジェームズもリーマスもピーターも、それからシリウスも。
誰よりも大切で、誰よりも幸せになって欲しい人たち。
ただ、シリウスだけは、いつのまにか少しだけ、違っていた。

「確かに、考えてる時もある、けど」
「……」
「でも、それは、シリウスもでしょ?」

シリウスが、すべてのことを差し置いて、ジェームズたちを一番に大切にしていることは分かっていた。義理堅くて、友情のために体を張れる人。困っている仲間を、全部捨ててでも助けられる人。彼のそういうところが、好きだった。
だから、私にも同じように注がれていた友情が、ほんの少し形を変えてくれただけで、とびきりに嬉しかった。

だから、私は、最初から、彼の一番にはなるつもりはなかった。

やっと振り向いたシリウスの瞳を、私はいままで見たことがなかった。
迷子の子供のような、さみしそうな瞳。

「俺は……お前のことばっかり考えてるよ」
「え?」
「そりゃ、皆で騒いでるときもいいけど…俺は、ナマエと居るときが、一番いい」

困ったように微笑んだシリウスに、胸が押しつぶされる。
特別になんて初めからなれる訳がないから、私はあえて"親友"を続けた。一世一代の告白に、シリウスが頷いてくれたことだけで満足して。そう望まれてると決めつけて、適度な距離を保ち続けて。

「だから、いい加減、お前の"一番"も俺にして……欲しいっていうか…」

シリウスの言葉が、もにょもにょと尻すぼみになって、心許なさげに目が泳ぐ。
胃の奥がぎゅっと掴まれたかんじがして、喉までも絞まってしまった私が搾り出した声は、動物が鳴くような小さな音になってしまった。

「……なに?」
「わわ、わたしも、一番好きだって、言ったの!」

ああ、多分、死ぬほど顔が真っ赤だ。
無茶苦茶に動揺した私が珍しかったのか、シリウスは一瞬呼吸を止めたあと、ふ、と溢れるように噴出した。
少し頬を赤らめて、楽しそうに眉を下げる綺麗な笑顔に、さらに胸が高鳴る。
かっこいい、と素直に思って、ただ自分のうるさい心臓の音を聞いていると、いつのまにか大きな拳が目の前にあって、額にごつんと当たった。

「いたい!」
「はは、すっげえ顔。あースッキリしたー!飯食うかー!」
「な、なに、あんた何なの!」
「何って…ナマエの彼氏様だろ」

爽やかな笑顔で言われて、私は言葉に詰まってしまった。
急に元気になって歩き出した、その背中を慌てて追いかける。

「……ほら」
「え?」
「手、くらい、繋いだっていいだろ」

私が答える前に、乱暴に左手が捕まれる。
初めて繋いだシリウスの手は、大きくて、あったかくて、こんなに寒いのに少し汗ばんでいた。

「ふふ、」
「なに?」
「シリウスって、体温高かったんだね。知らなかった」
「……ばか」

お前と居るからだよ。

そう言ってそっぽを向いたシリウスの耳が、ほんのりと赤い。
私だって、さっきまで凍えそうだったのに、今はローブを脱ぎたいほど暑い。シチューはもういいや、と思って、彼氏様の手をぎゅっと握り返した。

ちがうことと、おなじこと

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