「殺人バクテリア…」
「うそ、イタズラなんじゃ、」
「残念ながら、今本庁に確認したところだ」
ゆいなは体の中心が急激に冷えていくような奇妙なかんじを味わった。喫煙室。自分の鼓動がやけに大きく感じる。
「うわあああああっ!」
不安と驚きで静まりかえっているダイニングに、悲痛な叫び声が響く。
皆が注目する中で、藤岡がこちらを振り返った。
「藤岡さん!?」
顔や首、手が赤くただれている。「発疹だわ!」誰かが叫び、全員が後ずさる。呻きながら遠くを見る目が恐ろしい。
「そういえばあの方、さっき喫煙室に!」
「助けてくれ…死にたくないんだ…」
赤い手をこちらに向けて、ふらふらと歩みよってくる。バクテリアは空気感染。くしゃみや咳で他人に移る。落ち着かせようとする中森の横をすり抜けて、蘭が藤岡の腹に拳を打ち込んだ。気絶して崩れ落ちる藤岡を、床に転がす。皆からひとまず安堵のため息が漏れた。
「他に喫煙室に入ったものは…」
どきり。緊張でゆいなが声を出せないでいると、ウエイターの女の人が倒れた。二の腕に発疹が出ている。悔しがる中森が、彼女たちを治療室に隔離することを指示し、周りを見回した。
「念のため、このダイニングも閉鎖したほうがいいだろう」
ひとまず一同はダイニングを後にし、ラウンジに移ることにした。
「ゆいなちゃん、どうした?」
今後について話している中森に声をかける。周りに知られたくなかったので、少し離れたとこまで動いたところで、ゆいなは口を開いた。
「…わたし、喫煙室に入ったんです」
「な…っ、発疹は!?」
「出てないんですけど…みんながパニックにならないように、こっそり隔離して欲しいんです」
「………わかった。ショックで気分が悪いから部屋で休むというのは?」
「それでお願いします」
これでいい。
ゆいなは内心の恐怖を隠すように笑う。警察にこのことを説明しようと中森が背を向けたところで、目の前にオレンジジュースが差し出された。快斗だった。どうやら話を聞いていたらしい。ゆいなはなんとか微笑んでみた。
「……喫煙室、入ったのか」
誰にも聞かれないような小さな声。ゆいなはコップを受け取らずに、頷いた。
「ゆいな……」
「動くな!」
蹴破るように乱暴に開かれたドアから、機動隊のような恰好をし、手に銃を持った二人組が入ってきた。一人はマスクを外している。快斗がゆいなを庇うように一歩前に出る。皆が悲鳴をあげる中、男が銃を上げた。
「アンプルは見つかったか?」
「赤いシャムネコ…!」
「船内に爆弾を仕掛けた。おとなしく言うことを聞いていれば、爆破したりはしない」
快斗がちっと舌打ちをした。赤いシャムネコ。殺人バクテリアを盗み、この飛行船にばらまいた張本人。ゆいなは思わず快斗の服を掴んでいた。
「クルーを全員ダイニングに集めろ」
男は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、次郎吉にそう言い放った。
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