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「…………」
「………ごめんって、な?」
「…………」
「…ゆいなー」

一日だとは思えないほど長かった一日を、鈴木財閥の豪華なホテルで終えた翌日。ゆいなは道頓堀に居た。
バクテリアの件でパニックになっていたにもかかわらず、大阪の街はまるで何もなかったかのように賑わっていたことに驚いたが、街頭のテレビでは昨日の事件を放送していて、その中心に自分達が居たことがなんだか信じられなかった。

「おいっ、一人で行くなよ!」

本来ならば蘭たちと、梅田で買い物をしてお好み焼きを食べ、有名スイーツをお土産に買い、夕方の新幹線に乗る予定だった。
けれど、隣に居るのは、ふわふわした黒髪をゆらしながら困った顔でゆいなの手を握ろうとする、黒羽快斗だった。

「快斗のばか、バ快斗、近寄らないで」
「だから、ごめんって」
「サイテー」

つん、とゆいなは顔を反らして歩く。
折角大阪に来たんだからデートしよう、というメールに応じたのは、単に快斗を怒ってやるためだった。面と向かって怒りを飛ばしたいほど、ゆいなは真剣に怒っていた。

「あ、アイス、食べようぜ!」
「………」
「買ってくるから、ここで待ってろよ!」

橋の真ん中で立ち止まった快斗が、慌てて人込みに飛び込んでいく。それを無言で見送って、ゆいなは手すりにもたれ掛かった。川の脇で爽やかな笑顔を浮かべ両手と片足を上げる青年の看板を見上げて、ため息が零れた。

ちょっといじわるをしすぎたかもしれない。

ゆいなだって、快斗とデートすることが嫌なわけではない。少なくとも期待していたことでもあった。
けれどどうしても、スカイデッキでの蘭の表情と、キッドの優しい瞳を思い出すとむかむかした。結局蘭にも、後から来たコナンたちにも自分が隠れていたことはバレなかったが、一部始終をゆいなは見てしまったのだ。あのキスが本気ではなくて、快斗が仕掛けたことだと分かっても苛々するのはしょうがない。


「ねぇ、君、」

むかむかした勢いで顔をしかめていると、人込みの中からとんできた声。茶髪の男が二人、こちらに歩いてきた。きょろきょろ回りを見回すと、一人がぷっと吹き出して、君だよと微笑んだ。

「観光?」
「え、まあ…」
「さっきの、彼氏?喧嘩した?」
「………」

しまったここは引っ掛け橋だった。気付いたときには遅く、手首を掴まれた。

「彼氏なんて放っておいて、俺たちとお茶でもしようよ。心斎橋に女の子が好きそうなカフェ知ってるんだ」
「あの、結構です、」
「いーからいーから」
「よ、よくないです!」

声を荒げても、二人はにやにやと笑顔を浮かべるだけだった。いつもたとえ駅などで声をかけられたとしても、無視して通り過ぎるを決め込んでいたゆいなは、手首を掴まれた状態から逃げ出す方法がわからなかった。

「じゃ、行こうか」
「やだ、離し…」
「離せよ」
「快斗っ!」

アイスを二つ手に持った快斗が、険しい顔をして男たちを睨みつけていた。なんだかその様子がミスマッチで唖然としてしまう。

「あっれー彼氏、喧嘩してたんじゃないの?」
「なんでもいいから離れろ。ゆいなに触んな」

びっくりするくらい冷たい目で睨んだ快斗の周りの温度が、アイスよりも低くなった気がした。うろたえた男達が、舌打ちを残して去っていったのを確認して、ゆいなはほっとため息をつく。顔を上げると、口に冷たいものが当てられた。アイスだった。

「むぐ、ちょ、快斗!」
「ほら。持て」
「ん、わかったから、っ」
「手繋ぐから」

嫌だなんて言わねーよな。
慌ててアイスを持ったところで、空いた手を強引に掠われる。ゆいなは口についたアイスを舐めとると、無言でかじりついた。甘かった。1番好きなイチゴ味。乱暴に手を繋いだくせに、合わせてくれる歩調。

「……快斗、」
「ん、」
「ほんとに、キス、してない?」
「してない」

かぷり。アイスを一口。甘ったるい味が侵食する。ゆいなは繋いだ手を強く握り返した。

「…冗談でも、やっていいことと悪いことがあるでしょ!」
「…ごめん」
「快斗が他の子とキスするのなんて見たくないよ…未遂でも、絶対イヤ」
「……嫉妬してくれた?」

見上げると、会話にそぐわず快斗はにやにやと口元を緩めていて、ゆいなはむっとしてその足を踏み付けた。

「いって!」
「うるさいバ快斗!」
「んだよ、だって俺ばっかで、」
「やきもちくらい、私だってやくよ!」
「え?」

ぱっと口を出た言葉に、ゆいなは慌てて顔を背けた。会話をやめようと、残っていたアイスをコーンごと口に放り込んだが、快斗はまだこちらを見つめていた。しかたなしにゆいなは視線を落とした。

「……だって、快斗、人気者だし、キッドは女の子のファン多いし……」
「あー…」
「私だって、何も思ってないわけじゃないんだから!」
「そっ、か、」

ぎこちない快斗の答えに、いらっとした勢いのまま睨み付けようと顔を上げると、いつのまにかアイスを食べ終わっていた彼は、あろうことか嬉しそうに笑っていた。

「そっか、そっか」
「な、なに…」
「いやーやっぱゆいなは可愛いなあと思って」
「かわ……っ」

赤くなった頬に、優しく口付けられて余計に頭がくらくらした。アイスの余韻が残った口の中が甘い。ふわふわ笑う快斗は、繋いでいた手を離してゆいなの肩に回した。

「よし、じゃ、ホテル帰るか!」
「え?私、新幹線が、」
「いーじゃん、もう一泊!もともとツインで予約してあったしよ」
「えええ?」
「つらい思いさせたお詫び。たーっぷりいちゃいちゃしよう、な?」

耳元で囁かれて、ゆいなは顔を真っ赤にして慌てて耳を手で押さえた。からからと愉快そうに笑う快斗が、かっこいいと思ってしまったのは、ゆいなの心の中だけの永遠の秘密だった。


「結局、全部快斗の思い通りな気がする…」
「とか言って結局俺んとこ来るあたり、オメーもたいがい俺のこと好きだよなあー」
「うん、好きだよ?」
「………っ!ゆいな!」

おしまい。

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