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静かに黙りこんでしまった快斗の呼吸を耳元で聞き、ゆいなは途端に羞恥の熱が顔に集まってくるのを感じて、慌てて首に回した腕を緩め、押し当てていた頭を彼の肩から離した。
目を逸らそうとした瞬間に見えた彼は、片方の大きな手の平で口を隠して、耳まで真っ赤にして目をうろうろとさせていた。

「かい、と?」

滅多に見ない彼の様子に、ゆいなの顔にさらに熱が昇り、思わず名前が口から飛び出していた。びくりと肩を揺らしたキッドはゆいなに一度焦点を合わせると、離れていた頭をもう一度抱き込んだ。

「……っ、見んな」
「快斗、照れてるの?」
「う、うるせー」
「ふふ、」

零れた笑い声を責めるように、キッドはゆいなの腰に手を回してさらに強く抱きしめた。

「あのさ、」
「ん?」
「押し倒してぇんだけど」
「……ばか」

ほてった顔を冷たいスーツの肩に埋めると、キッドが浅く息をはいた。くしゃくしゃとゆいなの頭をしばらく撫で、首元にキスをひとつ落としてからぽつりと呟いた。

「ちょっと…不安だったんだ」
「え?」
「さっき飛行船の上で、オメーさ、名探偵しか見てなかったから」
「……」
「……なんか怖くなった」

切なげに歪んだ声が、ゆいなの鼓膜を震わせる。ゆっくりと顔を上げて、キッドと目を合わせる。モノクルで片目が見えなくてもどかしかったけれど、それでも吸い込まれそうな青い目を覗き込む。

「不安にさせてごめんね」
「…ゆいな」
「でも、私のこと信じてくれる?」
「信じるさ…オメーも俺のこと信じてくれてるんだろ?」
「うん。ずーっと一緒に居るって、約束したもんね」

くすり、と笑うとキッドは頬を染めて安心したように微笑んでから、少しだけ不機嫌そうに眉をひそめた。

「なんか…俺ばっか嫉妬して、ばかみてーだな」
「そんなことないよ、私だって……あ」
「あ?」
「ちょっと……蘭、どうするの…?」
「……あ」

蘭に嫉妬していたことを思い出して、ゆいなはさっと血の気が失せていくのがわかった。彼女はまだ、キッドのことを工藤新一だと思っている。

「なんとかするって言ったじゃん!」
「いや…すっかり忘れてたぜ」
「もう、」

かといって、今からキッドが船内に戻るのは得策ではない。
後で新一に事情を説明し、電話で弁明してもらおう。そう思ったとき、


「……新一」

先程までなかった第三者の声が響き、ゆいなは体を強張らせた。蘭だ。キッドの体とマントで隠れていてエレベーターの方からは見えていないだろうが、ゆいなの額に冷や汗が浮かんだ。慌てて宝石が置いてあった台座の後ろに回り、身を潜めた。俯いていたために、蘭にはなんとか見つからなかった。

「お、おう、蘭!今日はなかなか刺激的な一日だったな!」

動揺したキッドの声が上擦る。ゆいなが台座の後ろにすっぽり隠れているのを確認して、それを更に隠すように立った。俯いていた蘭は何か思い詰めたような顔をあげると、キッドの背中に抱き着いた。

「……っ!」

キッドがさらに動揺する。ゆいなも声を上げそうになって、慌てて口を覆った。抱き着かれている本人が、顔を少し染めて目をさ迷わせているのはどういうことだろうか。

「自首して、新一…!」

泥棒なんてだめだよ。よくないよ。
必死に訴える蘭はすごい。自分が好きな相手に自首を勧められるのだから。ゆいなは敬服しながらもこんなに悩ませてしまった蘭に申し訳なく思い、それでもとにかくまずは早く離れて欲しかった。

よっぽど嫉妬を顔に出していたのか、目があったキッドは一度目を丸くしてから、にやり、と何かを企んだような嫌な笑みを浮かべた。その真意に思いを巡らせる前に、キッドがくるりと蘭に向き直った。二人の位置がずれて、ゆいなからも蘭の顔が見えた。

「わかった。俺がずっと欲しかったお宝をお前がくれたら、警察に出頭してやるよ」
「え?でも、私何も持ってないよ?」

くすり、キッドが笑って人差し指を唇に当てる。
そんな優しい顔しないで、と叫び出したいのを押さえてゆいなは唇を噛んだ。さっきのキッドの笑顔で、何か嫌な予感がする。

「それはもちろん…」

指が蘭の顎を滑る。蘭が顔を赤く染めて非難の声をあげるが、お構いなしにキッドが後頭部に回した手を引き寄せる。二人の距離がゆっくりとゆっくりと近くなって、

「………!」

二人の顔に、月影がかかった。

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