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「もう!心配したんだから…!」

治療室でコナンの怪我を手当てしてからラウンジに戻ると、蘭と園子が泣きながらゆいなに抱き着いた。
蘭の手にも赤いかぶれが出来ていることに気付いたゆいなは、彼女もまた恐怖に堪えていたんだということを悟る。それでも自分のことを案じてくれていたことに、ゆいなは胸が温かくなるのを感じた。

「…なるほど、事情はわかった」
「まーったく、無茶しやがって!」

ごつん、と毛利のげんこつがコナンの頭に落ちる。蘭が慌てるが、そんなに力が篭っていないのはあからさまだった。

「子供が勝手なことすんじゃねえ!死んだらどうすんだ!」
「……ごめんなさーい」
「ゆいなちゃんも、頼むから俺たちに相談してくれよ」
「はい…」

毛利と中森に叱られ、ゆいなとコナンは顔を見合わせた。一人で突っ込んでいってしまうのはコナンの欠点だが、そこで冷静になれなかったゆいなも反省していた。結果的に助かったからよかったものの、殺されていたかもしれないのだ。
まあまあ、と場を和ませてくれた阿笠にほっとして、ゆいなは改めて縛られている武装集団と、気絶して同じように縛られているテレビ局の二人を見た。

「でもまさか、この二人が仲間だったなんて…」
「がきんちょたちがいないってバラしたのも、わざとだったのよ!」
「みんなは大丈夫だったの?怪我とか…」

コナンを囲んでいる子供達を伺い見ながらゆいなが問うと、園子がぱああと顔を輝かせた。きらきらとした瞳でうっとりと頬を染める。答えになんとなく予想がついた。

「キッド様が助けてくれたの!」
「やっぱり…」
「こーんな近くにキッド様があああん!」
「まんまとレディスカイを取られたわい」

うっとりとした園子と、ぐっと悔しそうに拳をにぎりしめた次郎吉のテンションの差に苦笑する。悠々とお辞儀でもしながら宝石を盗んでいったキッドが簡単に想像できた。この状況下で有言実行したのだから、さすがだといったところか。

しかし、ゆいなの耳には、飛行船の上で最後に聞いたキッドの切なげな声がずっと残っていた。コナンを抱きしめることに必死で、キッドが飛行船の中に戻る時、どんな顔をしていたかなんて知らない。
けれどなんとなく、喫煙室の隣の空き部屋で迫ってきた、切なく眉を寄せた彼の顔が、浮かんでは消えて、心臓を締め付ける。

あいつは男だろ?

あの時快斗は、そう言って悲しそうに目を伏せたのだ。
同じ顔をまた、させてしまったのではないだろうか。

「そうだ。ゆいなちゃん、取られていたケータイだ」

中森から渡されたケータイを開くと、新着メールが一件。
送信元を確認して目を見開いたゆいなは、本文を読むと小さく頷く。それを胸の前でぎゅっと握ると、近くに居た園子にトイレに行くと告げて、ラウンジを後にした。


エレベーターの扉がゆっくりと開く。
辺りはもう暗くなっていて、スカイデッキの天井には、小さな星がきらきらと輝いている。地上よりも幾分か近い星空は、とても綺麗だった。中央の台座のところに、大きな月の明かりに照らされて立っているその姿を見つけて、ゆいなは一瞬言葉を失う。美しかった。けれど、切なくなる美しさだった。

「……快斗」

振り向いたキッドは、やんわりと笑みを浮かべた。

「ゆいな。メール見たんだな」

予想以上に優しい声に、胸がもっと苦しくなる。顔が見えないのが嫌で、ゆいなは急いで駆け寄った。

「名探偵は?」
「大丈夫。みんなもちゃんと無事だよ。ありがとう」
「そりゃよかった」

キッドはレディスカイを月にかざした。そしてひとつ微かにため息をついたが、すぐにゆいなに向き合って微笑んだ。

「ま、当たりだとは思ってなかったけどな」
「……うん」
「今回は、オメーを守れたからいいとすっか!」

にっと笑うキッド。ゆいなはきゅっと下唇を噛んだ。
ひらひらと揺れるマントを掴む。キッドは何も言わない。言葉を探すように視線をさ迷わせてしばらく、ゆいなは意を決して口を開いた。

「空き部屋でのこと、覚えてる?」
「……ああ」
「あの時、私、快斗に言いたいことがあったの」
「……」
「でも、自分でもよくわからなくて、結局言えなくて、」

今なら言える気がした。
誰かが傍に居る幸せを感じて、誰かを愛する切なさも感じて、誰よりも一緒に居たいと思ったただひとりの人。彼がもうこんな悲しい顔をしないために。
もらってばかりの愛情を、ちゃんと自分からも返すために。


「私、快斗が好きだよ。誰よりも」


届いて欲しい。
その気持ちを込めて、キッドの目をひたむきに見つめる。

「新一は大切な人だけど、でも、私が好きなのは快斗だけなの」

だからお願い、私を信じて。

そう言って、ゆいなはキッドのネクタイを掴むと、驚いて目を見開いた彼をぐいと引き寄せた。バランスを崩して近づいたキッドの唇に、さっと自分のものを重ねる。触れるだけのキスをして、ゆいなはそのまま彼の首に抱き着いた。

「好き…大好きだよ、快斗」


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