藤岡がこの飛行船に爆弾を残して逃げ出すとしたら、どうやって。
ゆいなとキッドが出した結論は、自分達がしばらく身をひそめていた飛行船の上だった。何度も通り、慣れた飛行船の内部を走る。真ん中ほどにさしかかったとき、乾いた鋭い音が、頭上で響いた。
「今、銃声しなかった!?」
「したな…急ぐぞ!」
キッドの足が速まる。ゆいなは一瞬バランスを崩しかけ、彼の腕にしがみついた。そこで、違和感に気がつく。
「揺れてる!」
「!ゆいな、手摺りに掴まれ!」
しがみついた腕ごと、腰から引き寄せられる。何が起こっているのかわからないが、ゆいなはキッドが掴んでいる手摺りを慌てて掴んだ。片腕で力強く抱きしめられた瞬間、ぐらりと大きく床が傾いた。
「きゃ、」
「離すなよ!」
必死に手摺りにしがみついているうちにも、飛行船は向きを変え、足元が空っぽになる。ここで手を離したら真っ逆さまに入口まで落とされる。その光景がまじまじと浮かんで、ゆいなはぎゅっと手に力を入れて息を呑んだ。
しばらくして、ゆっくりと床が元に戻っていく。状況にすぐに追い付けなかったゆいなは、ころんと床に投げ出されてしばらく放心した。
「大丈夫か?」
「う、ん…びっくりした」
「何かにぶつかったみたいだったな」
キッドに手を掴んで立たされながら、ゆいなはなんとか息を吸って、はいた。早く上に行かなければ。もしかしたら、今の衝撃で海に落とされているかもしれない。
梯を慌てて登り、ハッチを思いきり開けると、目の前に座り込む少年の背中があった。
「新一!」
ゆいなの声に振り向いたコナンは、驚きに目を丸くした。
「ゆいな、お前どうし、」
全てを言う前に、ゆいなの腕がコナンの頬に触れる。そのまま手繰り寄せるように抱きしめて、ゆいなは深く息をはき出した。
「よかった、新一…」
「ちょ、おま、」
「藤岡はどうしたんだ?」
「キッドまで…海に落ちたよ。今海保が探してる」
「そうか」
キッドの手が伸びる。引きはがされるか殴られると覚悟したコナンだったが、その手は優しく黙り込んだゆいなの頭を撫でるだけだった。
「そ、それより、中にまだアイツの仲間が居るんだ!」
「ああ、それなら俺が見てくる」
「いや、俺が…」
「オメー怪我してんじゃねーか。それに、」
キッドは未だにコナンを抱きしめたまま俯いているゆいなをじっと見つめた。
「こいつの心配も、わかってやれよ」
きゅっとゆいなの手に力が入る。何も答えられないでいるコナンをじっと見据えると、キッドはマントを翻し、飛行船の中へと戻っていった。
残されたのは、風の音と、眼下に輝く街の小さな光たち。コナンは冷たい空気を浅く吸い込んだ。
「あー…、ゆいな、その、」
「……」
「悪かったな、心配かけて」
「新一の、ばか…」
ゆいなが発したのは、かすれた声だった。それだけで察したコナンは、小さく笑いを零した。
「ほんっと、オメーは昔から泣き虫だな」
「……泣いて、ない」
「へーへー」
笑いながら、コナンは怪我をしていないほうの腕を上げ、ゆいなの頭をくしゃりと撫でる。ゆっくりと顔を上げたゆいなの瞳は潤んでいて、夜の光をきらきらと反射していた。
「無茶ばっか…こんな怪我までして…」
「オメーも大概だけどな」
「わ、私は怪我してないもん」
「バーロー…お前に怪我なんて、俺がさせねーよ」
柔らかな声音に誘われるように目が合う。コナンは優しく笑うと、ゆいなの目尻に溜まった水をそっと掬い取った。
「……新一、」
「ん?」
「ありがと、私たちのこと、助けてくれて」
彼がいなかったら、もしかしたら今頃全員死んでいたかもしれない。何もかも、終わってしまっていたかも。
ゆいなが感謝の気持ちを込めて強く抱きしめ返すと、コナンは頬を赤く染めながらも、小さく「たりめーだろ」と呟いた。頭を撫でていた小さな手が、ゆいなの肩に回る。
探偵バッヂが鳴り、灰原から全員の無事が告げられたのは、それから数分後のことだった。
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