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治療室への角を曲がった瞬間、目の前にぱっと現れた人影にぶつかりそうになり、ゆいなは慌てて立ち止まった。

「ゆいな!」
「新一!」

目を丸くしたコナンは、すぐに状況を理解したのか、ゆいなに一度頷いてまた走り出す。
鍵がかかっていたはずのドアはすんなり開いて、コナンに続いて入った治療室の中にはウエイトレスが一人、口を塞がれ縛られていた。
そこにもう一人居るはずである人物の影はない。

「くそ…!」
「やっぱり…」
「ゆいな姉ちゃん、その人をよろしく!」
「え、ちょ、コナン君!?」

踵を返し走り出したコナンに着いていこうとするが、縛られた人を放っておくことなどできない。ゆいなは、治療室に戻ると、ウエイトレスの繩をほどいてやった。

「大丈夫?怪我はないですか?」
「あ、ありがとう…気がついたら縛られてて…それで、」
「藤岡さんが、ずっとここでハイジャック犯に電話で指示を出してたんですね?」
「ええ…」

ずっと目の前に犯人が居たというのは怖かっただろう。彼女の体は小さく震えている。あの武装集団を操っていたのだ、藤岡も銃を持っているはず。
きっと藤岡を追い掛けていったに違いないコナンの身が不安になると同時に、ゆいなはひとつ不思議に思った。

何故藤岡は、自分が主犯だと知っているウエイトレスを生かしたままにしたのか。

「藤岡さん、ここを出ていく前に何か電話してました?」
「え、っと…計画変更だとか、アイツらには死んでもらうとかなんとか…」
「それは危険ですね」

突然かかった声に振り向けば、キッドが壁に背を預けて立っていた。キッド、とウエイトレスが叫ぶ。ゆいなは彼女にここから動かないようにと伝えて、キッドを治療室から引っ張り出した。

「さっき、名探偵が血相変えて走っていったぜ?」
「藤岡さんが主犯だったの」
「はー…なるほど。自分が最初の感染者になり、隔離された場所から存分に指示を出してたってわけか」
「藤岡さんだけ、顔とか喉に発疹が出てたし、私が喫煙室に入ったときも不審だったからおかしいなって」
「ほーすげえな」

感心するキッドに、先程言った危険という言葉の真意を問う。キッドはゆいなの手を握りながら眉をひそめた。

「計画変更ってのが、仏像窃盗の失敗を受けてのことだったら、まだ仲間が居るってことだろ?」
「そっか…て、快斗、仏像のこと知ってたの?」

にっと笑ったキッドの手がゆいなの襟首に伸びる。目の前に出されたのは小さな盗聴器。唖然とするゆいなの顔を覗き込み、にやりとした笑みを浮かべる。

「で、俺のどこが好きなんだ?」
「……なっ、この、バ快斗!盗聴とかサイテー!」
「しゃーねーだろ。お前、こうやってすぐ危険なことしようとするし。藤岡と鉢合わせたらどうしてたんだよ」
「……う、」
「安心しろって。さすがにトイレ行くって言った時は切ったから」
「……っ!?ばか!ばか!」

暴れるゆいなの拳をいとも簡単に受け止めたキッドは、いたって紳士な微笑みを浮かべる。そのことが更に腹立たしくて、キッドの足を思いきり踏み付けてやった。

「いって!」
「うるさい!とりあえず、新一追い掛けなきゃ」
「おい、ちょっと待てって」
「快斗、」
「藤岡があのウエイトレスを殺さなかったのは、きっと俺達を飛行船ごと爆破するつもりだからだ」
「……!」

さっとゆいなの顔から血の気が失せる。まだ残っている藤岡の仲間が、もしこの飛行船の中にいたとしたら。

「みんな…」
「アイツは俺らが思ってたより上手だ。名探偵は俺が追い掛けるから、お前はここに居ろ」
「や、やだ!」
「ゆいな」
「なんか嫌な予感がするの。一緒に行く…!」

藤岡がこの事件の主犯なら、計画を壊したコナンに恨みを抱いているはず。ラウンジのほうも心配だったが、それよりも、ここまで手の込んだ事件を起こした藤岡とコナンが対峙しているかもしれないということに、ひどく嫌な予感がした。
必死にキッドのマントを掴むと、彼はゆっくりと目を細めた。

「ゆいなのわがまま、今日で二回目だな」
「……ごめん。でも、」
「わーったよ。名探偵、助けに行くぞ」
「……うん!」

ゆいなは、握られた手をぎゅっと握り返し、力強く頷いた。

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