再び戻った飛行船の上で、ゆいなとキッドは先程と同じ場所で風を避けて座っていた。コナンと連絡が取れない状況で、下手に動けないのがもどかしかったが、細菌のことも考えての選択だった。むやみに中に居るわけにはいかなかったのだ。
「…あ」
ふと、ゆいなが何かに気がついて、眉をひそめながらハッチに耳を当てた。
「どーした?」
「……なんか聞こえる」
「これは…銃声、だな」
同じように耳を寄せたキッドが真剣な面持ちで呟く。ゆいなはさっと意識が遠退きそうになるのを感じた。その銃口の先に居るのが誰か、想像が出来たからだ。
「新一…っ」
「今入るのは危ねーって!」
「でも、」
「とにかく、スカイデッキに行ってみよう」
キッドに手を引かれて、スカイデッキへと歩く。先程聞いた銃声が耳から離れない。緊張でどくどくと鼓膜が揺れる。
そっと天窓から覗き込めば、レディースカイがしまわれてあった台の傍にコナンが立っていた。少し離れたところで男がひとり伸びている。名前を呼ぼうとしたとき、また銃声が響く。息を切らした男がむしゃらに撃ちながらコナンに向かって突っ込んできた。その外れ弾が上にも飛んでくる。
「きゃあ!」
「下がってろ!」
キッドに肩を掴まれ、そのまま後ろに引っ張られた時、びりびりと激しい電流の音がした。叫び声が響き渡る。
ゆいなをしゃがませると、キッドが一人さっと飛び降りる。慌てて彼を追うようにもう一度覗き込めば、床で赤いシャムネコの男が気絶していた。
コナンが無事なことにほっと息をはいて、ゆいなは体から力を抜いた。
「おーい、まじかよ…なに、コレ?」
「次郎吉さんがオメーのために作った仕掛けだよ」
「なーるほど。俺が逃げようとして空に向かってワイヤー銃を打てば、センサーが反応して電撃が降ってくるわけね。あっぶねー!」
「お前、それよりゆいなは?」
キッドが黙って頭上を指差す。それを追い掛け見上げたコナンと目が合い、ゆいなは微笑んで手を振った。
心配かけてごめん、そう叫んで伝えようとした時、視界の端にエレベーターが開くのが見えて息がとまる。
「あぶな…っ」
キッドとコナンが振り向いた瞬間、いつのまにか上がってきていたリーダーの男の持つ銃が激しい音を立てる。乱射された銃弾は、避けようと走るキッドとコナンを掠める。どうやら標的はコナンのようだ。ゆいなは大きく息を吸った。
「コナン君!!!」
自分でも驚くような大声に、慌てた男が銃口をこちらに向けた。しめた、そう思った時には、コナンの足はベルトから出したボールを蹴っていた。
「くらえ!」
蹴ったサッカーボールが強烈な音を立てて男の顔面にぶつかる。脚力の上がった正確なコナンのシュートは、いとも簡単に男をふっとばした。
座り込んで息をはいたコナンだが、すぐに睨みをきかせて頭上をあおいだ。
「おい!ゆいな!」
「はい?」
「危ねえことすんじゃねーよ!撃たれたらどーすんだ!」
「……だって、新一ならその前になんとかしてくれると思ったし」
「ま、まあ、そりゃ…ったりめーだろ」
ふい、と顔を逸らしたコナンの頬に、キッドがおもむろに絆創膏を貼った。そのまま彼の頭を一度強く押さえ付けてから、立ち上がってゆいなを見上げた。
「もう大丈夫だ、降りてこいよ」
「お、降りるって…高いよ!」
「ほら」
「いやいやいや、ほらって言われても…」
にっこりと笑って大きく手を広げたキッドが言わんとしていることを察して、ゆいなは呆れた視線を送った。無理だよ、と応えても一向にその体制を変えようとしないので、諦めて思い切って飛び出す。運動能力が並外れて高いキッドは、落下するゆいなをなんなく抱き留め嬉しそうに笑った。
「名探偵にはできねーよな」
「うるせぇ」
拗ねたように顔を背けると、転がっていたトランシーバーを手にとり、コナンが船内に赤いシャムネコたちを倒したことを伝える。しばらくして探偵バッヂが鳴り、他の者も片付いたことが灰原から伝えられた。
「ひとまず一件落着?」
「まーな。それよりオメー、なんで急に消えたんだよ」
心配そうに近づいてきたコナンに、ゆいなは慌てて一歩下がった。
「俺らにあんま近寄らないほうがいーぜ」
「なんでだよ」
「私喫煙室入ってて…感染、したの」
ゆいなが手の平を見えるように上げる。コナンが目を細めてそれを見て、それから笑った。新一がよくする、推理が当たった時の表情だ。
「右手の平か…やっぱりな」
「やっぱりって…じゃあもしかして、新一もこれが細菌じゃないって思ってる?」
「まーな。それは今から、こいつに聞いてみるのが一番だけど」
コナンが見下ろすなかで、気を失っていたリーダーの男がゆっくりと目を開いた。
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