16



誰かの足音が響く。ゆいなはびくりと肩を揺らして上を見上げた。コナンだろうか。そうであって欲しいと思い目をつぶる。
ゆいなは、自分が姿を消した理由を、キッドなら分かってくれると確信していた。それを踏まえた上で、コナンに的確に伝えて、自分の帰りを待っていてくれるだろう、と。
追いかけてくるようなことはしないだろう。この気持ちを、決心を、理解してくれると思っていた。彼を守りたい、その一心で一人で姿をくらました、この決心を。

「……でも、どうしよう」

ゆいなは両手をまじまじと見た。発疹は両手の甲にまで出ている。今は体調は悪くないが、直に動けなくなるのだろうか。
こんなバクテリアが飛散しそうなところにいてはいけない。そう考えて、ゆいなは立ち上がった。


一歩、一歩。
とても気丈になんて歩けなかった。誰もみていないせいで、段々と気持ちが蝕まれていく。
自分の足音だけが、子供たちが鯨のお腹と形容した入り組んだ通路に響き渡る。
あの時は、こんなことになるとは思っていなかった。簡単に、死ぬことになるなんて。

「……快斗、」

自然と零れ出た名前に、思わず笑ってしまう。自分で離れておいて、こんなにすぐに会いたくなるなんて。
でもどうせ死ぬなら、彼の隣で、彼の声を聞きながら、死にたい。
行動と相反した欲望に、涙が出てきそうだった。鼻の奥がツンとして、視界が霞む。

あいたい。

「快斗……」
「見ーつけた」
「…っ!?」

突然掴まれた二の腕を振り払う前に、そのまま引っ張られて、息をついた時には後ろから抱きしめられていた。その体温と声と、自分の肩に回る白色に、嫌でもその正体がわかる。ゆいなはさっと血の気が失せていくのがわかり、慌てて離れようともがく。

「はな…して!」
「やだね」
「この、バ快斗!離しなさい!」
「しーっ」

口を覆われ、そのまま物影に引っ張られる、ゆいなの抵抗も虚しく、座ったキッドの膝の上に無理矢理乗せられ、より強く抱きしめられた。

「なにしてんの…っ?」
「何って、オメーこそ何してんの?」
「…わかってるでしょ!?」
「わかんねーよ」

キッドの声が少し低くなり、ゆいなはぴくりと体を揺らした。抱きしめられているから覗けない、顔が見たい。そう思う反面、絶対に振り向いてはいけないこと、離れなければいけないことはわかっていた。

「これ、みて」

ゆいなは自分の手を、キッドに見えるように持ち上げた。

「……感染したの」
「んなことは気付いてた」
「じゃあ…!」
「なんで何も言わずに一人で行ったんだって聞いてんだよ。泣いてまで」
「泣いてない…っ」

くす、キッドは耳元で笑うと、嘘つきだなと言いながら手袋をした手でゆいなの目尻をそっと拭った。顔に熱が集まりそうになるのをなんとか堪えて、ゆいなは彼の胸板を強く押した。

「お願いだから、離れてよ…!」
「やだ」
「快斗に感染して欲しくないの!」

本当に涙が出そうだった。
自分のせいで彼が感染して死んでいくのなんて、想像もしたくなかった。いなくなる、そう考えただけで苦しくて苦しくて、この世から消えてなくなりたい。

「お願い…快斗に、死んで欲しくないよ…」

伝った涙をしっかりと掬って、キッドはゆいなの肩に顔を埋めた。

「俺だって、ゆいなに死んで欲しくない」
「……うん」
「それもあるけど、でも、絶対にオメーに一人でいて欲しくないんだ」

ぎゅっと強い力で抱きしめられて、ゆいなの瞳からぽろりと涙が零れる。キッドは手探りで離れようとするゆいなの手を捕まえ、肩に回していた腕を腰にずらした。

「快斗、」
「なあ、俺らずっと一緒だよな?付き合うとき、そう約束した」
「うん…だけど、」
「俺はどんなときでも、ゆいなと一緒にいたい。一人になんかさせねえ」
「……快斗」

ゆいなの頬に流れる涙を唇で掬うと、キッドはそっと微笑んだ。ゆいな、とても優しい声に誘われて、はじめて二人の目が合う。静かにぽろぽろと涙を流す彼女にもう一度優しく名前を呼ぶ。

「好きだ、ゆいな」

少し目を見開いたゆいなに、キッドはそっと唇を合わせた。

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