「(あ、みょうじだ…)」

同じ班なのだろうか、女性複数と喋りながら食堂に入ってきたなまえに、思わず目が止まる。
教場が違う彼女とは、合同でやる訓練以外では、ほとんど顔を合わせることがない。
訓練でも、連帯責任が多いこともあり、自ずと同じ班で固まることが多い。訓練が厳しすぎるため、会話もする余裕もないのが現実ではあるが。

近くに座らないだろうか、と目で追っていると、彼女はこちらに気付くことはなく談笑しながら少し離れた席に座った。
なんとなく、損をした気分で、ため息をつきたくなる。

「ゼロ、声かけてきたらいいのに」

隣でカツカレーを食べていた諸伏が、ぽそりと小声で言った。

「え?」
「…見てたでしょ?」

にこり、と邪気なく笑う諸伏に、降谷は趣味が悪いなと思う。
“何を”と言わないあたり、自分の心のうちを見透かされたようで居心地が悪かった。

「…べつに」
「そう?」
「松田たち遅いな、と思って探してたんだよ」

間違いではない。彼等がそろそろ来るだろう、と思い食堂入り口を見ていたところ、たまたま目に留まったのだ。決して、たくさんの人の中、一人の女の子を無意識に探していたわけではなくて。
もう一度、入り口に目をやると、タイミングをみたかのように萩原が入ってきた。
こちらに気付いて手を振るが、近くに座っていた女性に声をかけられて立ち止まる。そんなことが何度かあった後、萩原は降谷たちのテーブルには近づかず、別のテーブルに寄っていった。

「うわ、萩原ってエスパー?」
「……」

立ち寄ったテーブルは、なまえたちが座るテーブルだった。
何事かなまえと言葉を交わしたあと、彼女の友人らも含めて、お盆を持ってこちらに歩いてくる。

「おじゃましまーす!」
「連れてきちゃったー」

黄色い声で嬉しそうに声を上げる女性たちと、困ったように眉を寄せているなまえ。萩原や友人たちに無理矢理連れてこられたのだろうか。
いいだろ?と茶目っ気を含めて首を傾げる萩原に、降谷は「いいよ」と短く返す。
諸伏がにやにやとこちらを見ているのは、視界に入らなかったことにした。

「陣平ちゃんと伊達班長は、用事済ませてからくるってよ」
「そっかー」
「みんなは、みょうじさんと同じ班?」
「そうだよ」
「なまえちゃん、班長ちゃんとやれてる?」
「うん、なまえ頼りになるよねー」

なまえは、居心地が悪そうに黙々とオムライスを食べている。
自分たちと同じテーブルは嫌なのだろうか、と降谷がその様子をじっと見ていると、目が合ったなまえが、眉を下げて口をぱくぱくとさせた。

"たすけて"

どうした、と声をかける前に、隣の女性が声を上げた。

「で、さっきの話!なまえと松田くんが付き合ってるかどうかってことなんだけど!」

うわあ、となまえが心底嫌そうな顔をする。
先ほどのSOSはこれか、と降谷はすぐに納得する。おそらく、萩原と友人たちが盛り上がってしまい、かといって大きく拒絶するのも大人気ないと思い、しぶしぶ着いてきたといったところなのだろう。
しかし残念ながら、彼女に助け舟を出すほど、降谷にとって興味のない話題ではなかった。

「だから、付き合ってないって…」
「と、本人は言ってるんだけど、実際のところどうなの?萩原くん!」
「あれだけ距離が近くて、付き合ってないなんてことないよねー」

ねーとお互い笑いあう友人たちに、なまえは困った顔をする。

「うーん、ぶっちゃけ、付き合ってないんだよなあ」
「そうなの!?」
「だから言ってるじゃん…」
「じゃあ、松田くんはなまえのことどう思ってるのかな!?」

その質問にどきりとして、降谷は思わずなまえの顔色を窺うように見てしまった。彼女は先ほどから表情を変えない。迷惑そうにしているのが隠しきれていない顔。
これはどう捉えたらいいのだろうかと降谷が逡巡していると、萩原がこちらを見てにやっと笑った。

「(…なんだよ)」
「陣平ちゃんは、なまえちゃんのこと大事にしてるよなあ」
「へえ、大事にしてるんだー!」
「待って、なんか言い方に語弊がある!陣平とは普通に友達だから!」
「じゃあ、アイツが他の女子に優しくしてるの見たことある?」

ないな、と降谷は心の中で返事をした。
さすがに会話に入っていく勇気はないが、さっきから手元の定食を食べ進める気にならない。胃のあたりがむかむかしていた。

「私もぜんぜん優しくされてないよ…」
「そうか?」

なまえは嫌そうにしているが、降谷は先日松田のことを「いいやつ」と笑顔で言った彼女のことを思い出していた。

「陣平ちゃんてあんなだから結構人に誤解されるんだけど、そのたびに、なまえちゃんが周りと上手く取り持っててさ」
「あーわかるかも」
「…萩、その話はいいって」
「ぶっちゃけ、なまえちゃんがいなかったら、陣平ちゃんは高校卒業してなかったかもなって俺は思うわけよ。だから、俺からしたら、あいつなりになまえちゃんのこと大事にしてるように見えるよ」

にこりと笑って言い切った萩原に、女性たちの悲鳴があがる。
なまえは両手で顔を覆ってため息をついた。
手の下で、どんな顔をしているのだろうか。気になって仕方なく、だけど知るのが怖い。ふと、両手を口元まで下げたなまえとまた目が合う。
その目がまたSOSを発しているように感じ取れて、降谷は声をあげた。
正直、自分自身もこれ以上聞いていたくなかった。

「萩原、僕たちそろそろ行かないと」
「え?なんかあった?」
「鬼塚教官に用事頼まれてただろ?」
「俺まだ食べてる途中なんだけど…」
「いいから、かきこめ!」

まじかよーと言いながらも、降谷の言葉どおり素直に残りのご飯をかきこむ萩原を、悪いなと思いつつ急かす。もう行っちゃうの?と残念そうにしている女性たちに断りを入れて、降谷は萩原を引っ張り出した。

食堂から出された萩原は、降谷の手から離れると、彼の顔をみて「げ」と小さく声をあげた。
鬼塚教官の用事、というのが嘘であることに、敏い萩原はすぐに分かったようだった。

「……ごめん、降谷ちゃん、怒らないで」
「……怒ってない」
「萩原もいじわるだなあ」

にこにことしているのは諸伏だけだった。

「みょうじが困ってただろ」
「降谷ちゃんが、聞きたくてもなかなか聞けない話じゃないかなと思ったんだけど…違った?」

その言葉に、降谷は返事を詰まらせた。

「……べつに」
「そっか。なまえちゃんにはちゃんと後で謝っとくよ、ごめんな」
「いや、僕に謝る必要はない…無理矢理連れ出して悪かった」

素直に謝ると、萩原はきょとんとしたあと面白そうに笑った。

「はは、降谷ちゃんって案外素直なんだな」
「どういう意味だよ」
「いい意味だよ。さっきの話の間、まったく他が見えてなかっただろ?」

あの降谷ちゃんが、周りが見えなくなるなんてな。そう言われてはじめて、降谷は確かにずっと彼女の顔ばかり見つめていた自分に気が付き、かっと顔に熱が上った。

「はっきりさせるのは早い方がいいぜ?」

何を、と萩原は言わなかったが、降谷には何が言いたいのかわかるような気がしていた。


prev|top|next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -