「た、す、け、て…」

諸伏が宙を見ながら読み上げるように呟いたSOSの言葉。
目線の先では、コンビニエンスストアのネオンが、規則性をもってチカチカと点滅していた。まるでモールス信号じゃないか、と指をさす諸伏に、萩原と松田は揃って同意する。

コンビニエンスストアの近くまで来ると、入り口には「改装中」の張り紙が貼ってあり、ガラス張りの窓から中を伺うことは出来たが、人の姿は見えない。

「さっきまで普通に開いてたよな…」
「人の気配はするけど…」
「わざわざバレないように平然と立て籠もってるってことは……ATM強盗か?」

松田の言葉に、萩原が頷く。
おそらく、監禁されている客が、SOSを発したのだろう。

「中に何人いるかわからない状態で、3人で行くのは無謀だな」
「だね。ゼロに電話してみるよ」

しかし、何度コールを鳴らしても出ない。
伊達の携帯も同じだった。
諸伏は、嫌な予感を抱えながらコンビニのネオン看板を見上げる。
ふと、もし降谷であれば、このSOS信号を思いつきそうだ、とひとつの仮説にたどり着く。その考えが浮かんだ途端、ざわざわと胸騒ぎがした。

「まさか…」
「どうするよ。学校戻って応援呼ぶにも、いつ現金補充が来るかわからねえから、ここを離れるのはまずいよな」
「なら、適任がいるだろ?」

にやり、と笑う松田が、素早い手つきでスマホを操作する。
数回のコール音のうち、電話の相手はすぐに出た。

「なまえ、今校内にいるか?」
『いるけど…陣平、どうしたの?』

スマホから漏れた声に、「たしかに適任だ」と萩原が笑みを浮かべる。

「急いで、南のコンビニまで、集めれるだけ人を集めてくれ」
『え?どういうこと?』
「緊急事態。頼む。20人くらい」
『……』

なまえは3秒ほど黙ったあと、『わかった』と短く返事をする。

『10分後でいい?』
「オッケー頼むぜ」
『ちょっと、少しは説明、』

ぷつり、と通話が切れる。松田が満足そうな顔をして通話終了ボタンを押したのだった。諸伏は「え、今途中で切ったよね?」とぽかんとした。

「さっすがなまえちゃん。話が早いな」
「何も説明してなくないか?」
「ああ。けどあいつなら大丈夫だよ」

数分後、男女複数の生徒を連れて、息を切らしたなまえが合流する。コンビニからの死角に隠れていた松田たちを見つけ、それから人の姿のないコンビニを見て、眉をしかめる。彼女が連れてきた警察学校の生徒たちは、ざっと25人ほど。さすがだな、と笑う松田に、なまえは呆れた顔でため息をついた。

「…それで、今度こそちゃんと説明してくれる?」



「お待たせ、ゼロ!」

諸伏によって開けられたドアの向こうでは、降谷たちをバックヤードに閉じ込めた強盗団が、多人数の若者によって地面に取り押さえられていた。降谷は彼等の顔に見覚えがあった。警察学校の生徒たちだ。
数の力を使った、と萩原の言うとおり、圧倒的な人数差だ。

「助かったよ、ヒロ。よくこの人数集めたな」
「みょうじさんが協力してくれたんだよ」
「みょうじが?」

萩原の人脈だろう、そう思っていたのに、予想していなかった名前に降谷は慌ててコンビニ内を見回した。

「みょうじ!」

自分が思っていたよりも大きな声が出たことに、降谷は驚いた。レジの前に立っていたなまえが振り返り、ぱっと顔を綻ばせる。

「降谷くん!よかった、怪我はない?」
「ああ、みょうじは、」

怪我はないか、と聞こうとしたところで、彼女の左腕が擦りむいて血を出していることに気が付く。真新しい傷だから、今さっきのものだろう。降谷の視線の意味を理解して、なまえは笑った。

「ちょっと擦りむいたくらいだよ」
「いや、手当しよう」
「大げさだな、訓練の怪我に比べたらどうってことないよ」

確かに、過酷な訓練で怪我をすることは日常茶飯事だし、擦り傷や痣なんて常に身体中にある。
しかし、自分でつけた傷と他人からつけた傷は違うだろう、と降谷は思った。
自分の目の届かないところで、彼女が他人から傷つけられたことも、それを何ともない顔で笑い飛ばす彼女にも腹が立ったが、それを上手く言葉にすることができない。
黙って眉をしかめる降谷に、なまえは困ったように「あとでちゃんと手当するね」と笑った。

「それにしても、これ、私たち後からめっちゃ怒られるねー」
「みょうじがみんなを集めてくれたんだって?」
「うん。陣平から電話もらって。陣平てば、なんにも説明しないで、人を集めろ!だけ言うんだよ?しかも勝手に切るし」
「なんだよ、十分だったろ」

話を聞いていたらしい松田が、がばりとなまえの肩に手を回す。男友達のような距離感に、降谷が何かを言う前に、なまえがその手を振り払った。

「せめてもうちょっと話してよ。みんなに説明するの大変だったんだから」
「なまえならいけると思ったんだよ。お前の勘が鋭いとこ、まじで好きだわ」
「はいはい、調子いいことでー」

好き、という言葉に降谷はどきりとしたが、当の本人たちはなんともない顔をしている。強盗団に奪われていた携帯を客たちに返し終わった諸伏が合流すると、これゼロのね、と降谷の手にスマホを返した。

「君たち、信頼し合ってるんだね。松田の電話聞いた時は、うそだろって思ったよ」
「陣平が色々トラブル起こすから、慣れちゃってるだけだよ」
「ああ、なるほど」
「んだよそれ」

不貞腐れた顔で唇を尖らせる松田をみて、「諸伏くんたちも苦労してるんだね」となまえが笑った。
ふと、松田がかけていたグラサンを外し、眉をひそめる。

「なまえ、怪我してんじゃん」
「あ、うん。平気」
「救急箱くらいどっかあるだろ。やってやるから消毒しろよ」
「え、ありがと」
「僕が、」

降谷は思わず、なまえの手首を掴んでいた。
きょとん、と首を傾げる彼女に、頭の片隅で「なにをやっているんだ」と冷静な自分が注意するが、想像していたよりずっと華奢な彼女の手を離すことができなかった。
先ほどは断った手当を、松田が提案したというだけですんなり受け入れた彼女に、言いようのない小さな苛立ちがつのる。

二人が触れあうのは、どうしても、いやだ。

「さっき、バックヤードに救急箱見つけたから、僕が手当するよ」
「……うん」
「松田は、念のため、回収した拳銃から弾薬を抜いておいてくれ」
「そうだな。りょーかい」

あっさりと従った松田に、こんなことでムキになる自分が少し情けなく思いながらも、降谷は彼女の右手を掴んだまま、先ほど閉じ込められていたバックヤードに入る。彼女をパイプ椅子に座らせると、救急箱を棚から取り出した。
その様子をじっと見ていたなまえが、ぽつりと零す。

「降谷くん…怒ってる?」
「え?」

振り向くと、不安げな瞳がこちらを見上げていて、降谷はどきりとした。しん、と静まり返ったことで、彼女の顔がさらに曇る。

「悪い、そんなつもりはないんだ」
「でも…何か嫌なことがあった?もしかして、やっぱりどこか怪我して、」
「いいや」

なまえの前に膝をつくと、彼女の腕を持って傷口を上に向かせ、ガーゼを当てる。自分でできるよ、という彼女の言葉は無視して、消毒液をなるべく優しくかけた。

正直なところ、降谷はこの苛立ちをどう言葉にして表現したらよいのか分からなかった。
嫉妬、そう言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、まさかそれを彼女に言えるわけもない。
松田と仲良くして欲しくないだなんて、そんなこと。

「…もし、」

何か言わなければ、と思いながら、思わず口を出た言葉に、続きを口にすることを一度逡巡するが、間近でぱちりと合った彼女の瞳があまりにも綺麗で、頭の中が真っ白になってしまった。

「もし、電話したのが僕だったとしても、同じように駆けつけてくれたか?」

言ってしまったあとで、ああしまった、と思った。
隠すべき嫉妬心がそのまま表れているような子供みたいな投げかけ。なまえは何度か目をぱちぱちとさせたあと、口元に手を当てて笑った。

「ふふ、さては降谷くんも無茶するタイプだな」
「……いや、ヘンなこと言ったな、悪い、たのむ、忘れてくれ」

顔に熱が集まるのが分かって、さらに羞恥心が高まる。咄嗟に片手で顔を隠すが、洞察力のある彼女にはバレているに違いない。
手当のために握った彼女の腕を掴んだまま項垂れるように顔を伏せると、ふわりと髪の毛に柔らかい感触があって、頭を撫でられたのだと分かった。
弾かれたように顔を上げると、なまえはびっくりして手を離した。

「ごめん、つい、」
「いや、」
「なんか、落ち込んでるゴールデンレトリバーみたいで…」
「おい」
「あはは、ごめんごめん」

自分は彼女の髪には触れられない、と思っていたのに、彼女のほうからあっけなく触れられるとは思ってもいなかった。降谷は照れを隠すためむすっとした顔を作ると、救急箱をしまうていで立ち上がった。触れられる距離で、きらきらと笑う彼女は、心臓に悪い。
背を向けると、なまえが、さっきのだけど、と遠慮がちに声をかける。

「降谷くんのお願いだったら、いつでも駆けつけるよ」

降谷のぶつけた嫉妬心に、彼女が気付いたのかどうかは分からないが、思わず振り向いた先で目があった彼女は、柔らかく笑っていた。

「……僕もだよ」
「ふふ、頼もしいな。ありがとう」

二人だけの約束が出来たような気がして、こそばゆくて、心地よい。
感じていた苛立ちが、嘘のようにすっと消えていくのを、降谷は我ながら現金だな、と笑った。



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