04
京極と合流したゆいなたちは、彼のスポンサーであったシェリリン・タンが亡くなったため、目的の大会に出られなくなったと聞かされた。
気落ちする京極だが、そこは鈴木財閥の令嬢。園子が電話一本で問題をクリアする。彼女の思い切りの良さと行動の早さがゆいなは昔から好きだった。
「名探偵の毛利小五郎さんですよね!?」
ホテルに向かおうとしていたところ、流暢な日本語に呼び止められる。
声をかけてきたのは、予備警察官と名乗るリシ・ラマナサン。毛利小五郎に捜査に協力してほしい、と彼が見せたのは、見慣れた一枚のカード。
園子がすぐに目を輝かせて、嬉しそうな声を上げる。
「怪盗キッド様!」
京極の立派な眉が、怪訝にしかめられるのをゆいなは確かに見た。
リシに連れられてやってきたのは、犯罪心理学者であり警備会社の経営者であるレオン・ローという人物の豪邸だった。
キッドの狙いであり、空手大会の優勝ベルトを飾る紺青の拳は、彼が警備をしているのだという。
「みなさんはじめまして、レオン・ローと申します」
案内された客間に、人当たりの良い笑みを浮かべながら現れたレオンは、リシと同じく流暢な日本語で挨拶をする。小五郎とにこやかに握手をしている彼の視線が一瞬品定めをするようなものになり、ゆいなは彼に対して少し不安感を覚える。
新一もといキッドの手を握り、彼を「マジシャンのようだ」と表現したことで、さらに不安が増す。
とても愛想がよいが、まったく本音を見せない人間の目をしている。
「(この人と対決するってことだよね…)」
思い過ごしだったらよいが、嫌な予感がする。
レオンと目が合ってしまい、慌てて逸らす。逸らしてから、しまった、と思う。適当に微笑んでおけばよかったものを、あからさまな態度を取ってしまった。
しかし、レオンは気にする様子もなく、地下の金庫を案内すると言って部屋をあとにした。
「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
宝石の警備状況を確認し、ひとまずホテルに行こうとレオン邸をあとにしようとしたとき、レオンに呼び止められる。一瞬、ゆいなは自分に話しかけられたのだと理解が出来なかった。
「え、あ…いえ、大丈夫です」
「よかったら、この家で休んでは?ホテルにはお送りしますし、そのまま泊まってもらっても構わないよ」
「え…!?」
「体調が優れないまま移動するのもつらいだろう」
じっと目を見つめられて、いつのまにか手まで取られていた。握られたその指は冷たい。
心配そうに眉を寄せている彼の瞳から、目をそらすことができない。
言われてみれば、なんだか気持ち悪いかんじがするし、体調が悪い気がする。蘭たちに迷惑をかけるより、ここで厚意に甘えたほうが、
「僕がついてるので大丈夫ですよ」
ぎゅっとゆいなの肩を抱いたのは、キッドだった。
ゆいなははっとして彼の顔を見上げる。
レオンはゆいなからぱっと手を離すと、やけにあっさりと、「そうですか」と微笑んだ。
愛想よく微笑み返したキッドに手を引かれ、レオンから離れる。
「ゆいな、ほんとに体調わるいか?」
キッドに怪訝そうに聞かれ、ふと改めて考える。
先程まで感じていた気分の悪さが、ない。一度深呼吸をして、キッドを見上げる。
「ううん、全然平気…」
「やっぱりな…あんまアイツに近づくんじゃねーぞ」
「……なにが起こってたの?」
キッドは難しい顔をしたまま、ゆいなの手を強く握った。
「そう思い込まされたんだよ」
「思い込まされた?」
「レオンにそう言われて、そんな気になってただけだ。心理学者ってのは厄介だな…」
「……なんで私を?」
今日会ったばかりのただの女子高生を、洗脳じみたことをして家に留め置きたい理由がわからない。
「ゆいな、アイツのこと、会った時から疑ってただろ?」
「うん…なんかあんまり信用できない気がして。失礼だけど…」
「すっげえ顔に出てた。ゆいなの鋭いとこ好きだけど、もう少しポーカーフェイスを学んでもらわないとなぁ」
「…がんばります」
キッドはふっと表情を緩めて、ゆいなの頭をわしゃわしゃと撫でた。
好きだけど、とさらりと言われたことにドキリとし、しかし新一の姿なので少し罪悪感がある。
「で、ゆいなともう少し会話することで、その不信感を解きたかったんじゃないか?」
「あの人に、私の不信感を解く必要がある?」
「……」
キッドは何か仮説に辿り着いているようだった。
言い淀むのは、その仮説をゆいなに伝えることで、危険が及んでしまわないかとの心配から。
少し悩んだあと、キッドはゆいなから手を離し、代わりに両肩に手を置いて、じっと正面から顔を覗き込んだ。
「詳しい説明はあとでする。とにかく今は、もしレオンから何かアクションがあっても、絶対に関わらないって約束してくれ」
「うん」
「今晩、俺は仕事があるから一緒にいれないけど…」
「え、明日以降じゃなくて?」
さっき、キッドが狙うのは試合会場に宝石が移されてからだと、自分自身で言っていたのに。
キッドは、ふいをつかれたゆいなの表情に満足した様子でにやりと笑った。
「不可能を可能にしてこそ、怪盗キッド、だろ?」
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