02
「マーライオンって、思いのほか地味なのね…」
園子がうむむと唸る。
シンガポールはとても暑い。観光客が多く、都市は発展していて近未来的な雰囲気が漂っている。
「京極さんとはここで待ち合わせでいいの?」
「うん!」
嬉しそうに笑う園子に、蘭と顔を見合わせて笑う。園子はいつだって明るく元気だけれど、こんなにキラキラしたところを見るのは久しぶりだ。
時間まで周辺を観光しよう、と歩き出したゆいなを、新一もとい快斗が呼び止めた。
「わりー、ゆいな、このスーツケース見ててくれね?」
「かい……新一。なんでホテルに置いてこなかったの?」
「大事なもんが入ってるからさ!おっちゃんがしんどそうだから、休ませてくるよ」
ここで待ってて、とスーツケースを押し付けられ、ゆいなは身動きが取れなくなる。
「(しかも、結構重い……何が入ってるのかな)」
大事なものということは、キッドの道具だろうか。街中で開けてしまうのはまずいし、たしかに盗まれたら困る。
困ったな、ととりあえずスーツケースに腰掛けようとした途端、ドンとスーツケースが大きく動いた。
「な、なに…!?」
ドン、ドンと中から叩く音。慌ててゆいなは距離を取る。怖い。怖いのに、肝心の快斗が見当たらない。
何か生き物が動く気配がして、スーツケースのジッパーが空いた。
「…………え?」
「…………は?」
スーツケースから顔を出したのは、よく知る人物、江戸川コナンだった。
「え、えええ?新一……?新一がなんでスーツケースに入ってるの!?」
「ゆいな?てかここ……シンガポールかよ!?」
「え、ちょっと待って、日本からスーツケースに入ってきたってこと?」
「知らねーよ、博士の家からの帰りに、蘭が声をかけてきて……ってそうだ、蘭、蘭の声がした!」
がばっと立ち上がったコナンは、きょろきょろと辺りを見回す。現地の子供らしい服装に、なぜか肌の色が黒い。混乱しているゆいなを他所に、コナンは蘭の姿を見つけて駆け寄ろうとする。
「待って、」
「もう!探したんだから、新一!」
「え…?」
新一の姿を見て、ぽかんとするコナンの手を引いて、ゆいなは慌てて茂みに連れ込んだ。
「ごめん!あの新一、キッド!!」
「見りゃわかるって!……そういうことか…」
「新一がスーツケースにいるなんて気付かなかったよ…」
「俺だって、気付いたらシンガポールなんて…まじかよ。これ、誘拐だぞ…?」
「誰が誘拐犯だって?」
茂みを掻き分けて顔を出したのは、ことの張本人、新一に扮した快斗。
「お目覚めかな?名探偵」
「オメーな……!」
「特製スーツケースの居心地は悪くなかっただろ?」
「ちょっと、なんでこんな無茶なことしたの!?」
「こうでもしなきゃ、こいつ飛行機乗れねーだろ?」
江戸川コナンは戸籍がないから、パスポートを取ることができない。コナンの姿のまま外国に出ることは出来ないが、荷物扱いなんてあまりに危険だ。
「だからなんで俺を連れてきたんだよ!宝石盗むためなら、俺はいらねーだろ?」
「まあ…今回は色々あるんだよ」
「色々?」
とにかくすぐにお前の正体をバラしてやる、と言うコナンに、快斗がにやりと笑った。
「名探偵、お前、シンガポールに来れたのは俺のおかげだって忘れないほうがいいぜ?」
「……なに?」
「この特製スーツケースがなきゃ、パスポートがないお前は日本には帰れない、だろ?」
「………!」
「誘拐と脅迫……」
「なっ、ゆいな、そんな冷たい目で見るなよ…」
「…でも、どうやって私たちと行動する?蘭たちにどう説明する?」
「それなら……」
「あ、いたいたー!」
噂の蘭の声に、全員がびくっとなる。
わたわたと慌てるコナンを見て、蘭も園子も目を丸くした。
「がきんちょじゃない!」
「な、びっくりだろ?現地の子供らしーぜ」
快斗の言葉に、なるほど、だから着替えさせて肌にメイクまでさせたのかと納得する。
コナンはスーツケースの裏に隠れてやり過ごそうとするが、蘭がすぐに顔を覗き込んだ。
「ぼく、お名前は?」
「ぼく…ぼくは………アーサー・ヒライだ!」
ししし、といたずらっぽく笑う快斗のお腹をつねり、ゆいなは心の底からコナンに謝った。
こうして、江戸川コナンことアーサー・ヒライがシンガポールの旅に同行することになった。
「(新一なのかコナンくんなのかアーサーくんなのか混乱しそう……私、大丈夫かな……)」
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