「風見さん!怪我はどうでした?」
「大丈夫です。それより、降谷さんから聞きました。テロの可能性が?」

爆発の被害は想像よりずっと酷かった。オープン前であったため、一般市民の被害はなかったが、爆発に巻き込まれた公安警察の死傷者が数名。建物は全壊。あの場で分かれてから、降谷からの連絡はない。風見からの、「降谷さんから聞いた」という言葉に、彼の安全を確認でき、つぐみはほっと胸を撫で下ろした。

「サミット前というタイミングと、火元がキッチンということを考えると、事故が妥当なところでしょうね」
「しかし、降谷さんとあなたの見解は違う、と」
「……まだ現場の確認が出来る状況ではないので、何ともですが…テロがまったくあり得ないわけではないと思います」
「何を狙ったテロ、ですか?」
「それはまだ…いま、建物のネット環境へのアクセスを調べているところです。…ところで、」

険しい顔で机上の資料に目を通していた風見が、顔を上げる。つぐみは困ったように眉をさげながら笑った。

「風見さん、私への敬語は不要ですと、何度も…」
「あなたもゼロに所属している身。降谷さんと同じく、わたしの上司ですよ」
「所属といっても、私は降谷さんの駒ですから。いまは降谷さんの指示しか受けていませんし、風見さんと同じ立場ですよ」
「駒…まさしくその通りだ」

自身を揶揄した言葉に、風見が笑う。右腕左腕と言えれば聞こえがいいが、彼に関しては自分たちはひとつの駒にすぎないだろう。

「…でも、あの人はあなたのことを、そう思ってはいないと思いますよ」
「え?」
「どちらにしろ、警察はタテ社会。そこは汲んでいただかないと。わたしが降谷さんに怒られます」
「…そこは否めませんね」

年上に敬語を使われるということには慣れないが、警察で生きていくには避けられないことなのだろう。警察内部の複雑さは、数々のドラマで取り立てられるとおり、取り払えない壁がいくつもあるものだ。

「それで、状況からして事故となると、我々が動き辛くなりますね」
「ええ。捜査一課が事故として解決する前に真実を明らかにするか、もしくはーー」
「テロを作り上げるか、だな」

振り返ると、降谷が腕を組んで壁に寄りかかっていた。顔には手当の跡があり、服の上からでは分からないが、腕の組み方からして、背中にも傷を負っているようだ。その怪我に、心当たりがある。

「降谷さん、あの、背中の怪我、」
「時間がない。後者で動け」

言葉を遮るように、降谷が手にしていた資料でつぐみの頭を軽くはたいた。
風見が少し険しい顔をする。

「架空の犯人を検挙しろ、と」
「ああ。お得意の違法行為でな」
「しかし、誰を犯人に…」

容疑者どころか、テロかどうかも定かでない状況で、全てが終わった後に釈放がしやすい人物。
風見の疑問に、答えたのは降谷ではなくつぐみだった。

「毛利小五郎、ですよね?」
「…ああ」
「毛利小五郎…?あの眠りの?なぜ…」

つぐみは、机に広げてあった資料を集めて、風見に手渡した。そこには、毛利小五郎の経歴や家族構成などが細かに集約されていた。

「まずは、"安室さん"が動向を見張りやすいこと。また、彼は捜査一課からの信用が厚いですから、犯人であるはずがない、という思いから捜査に時間がかかり、私たちが動く時間を作ってくれるでしょう」
「…なるほど、後から釈放もしやすいですね」
「それから、彼は有名人。加えて公安案件となれば、担当を名乗り出る弁護士はそうそういない。あの妃弁護士の夫というところも、手を出しづらいですからね。そうすれば、」
「協力者、を担当弁護士に、ということですか」
「…それで問題ないですよね、降谷さん」

振り返ると、降谷は目を細めて口元に弧を描いていた。つぐみは知っている。それは、降谷が思い通りに事が運んだ時にする表情だ。

「ああ。すべて手筈は済んだか?」
「ええ。あとは、証拠品の回収を待って、風見さんに捜査会議に乗り込んでもらうだけです」
「わかりました」
「よし、今後、僕は別で動く。あとは、つぐみ、引き続き頼んだぞ」

つぐみが頷くと、降谷は満足そうに笑みを浮かべて、部屋を後にした。残されたつぐみは、再度パソコンに向かう。ネットのアクセス歴が必ずこの事件の鍵になるはずだ。急いで解析を終わらせなければ。

「風見さん、協力者の手配を……どうしました?」

彼に指示を出そうとパソコンから顔をあげると、呆気にとられた顔。

「毛利小五郎の件、あらかじめ降谷さんから指示を?」
「?いいえ、私が勝手に動いていただけです。降谷さん、全然連絡くれないんです。ひどいですよね」

愚痴を言ったつもりなのだが、それをスルーして困惑している風見の表情に、つぐみは首をかしげる。しばらくお互いぽかんとして見つめあったあと、風見が笑みをこぼした。

「ほら、やはり、そうですよ」
「……?何がですか?」
「あなたは、全然、駒なんかじゃない」

降谷さんの、右腕だ。



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