「なまえちゃんは、テツくんのこと、ずっとてっちゃんって呼んでるの?」
お弁当を食べながら、桃ちゃんが聞いてきたことに、わたしは頷いて返す。
「なんか言われたことないの?」
「なんか、って?……あ」
そういえば、桃ちゃん、昔は青峰くんのこと、大ちゃんって呼んでたって。だけど周りから色々言われるようになったから、青峰くんって呼ぶようにしたんだって。
「うーん。そもそもてっちゃん、あんまり認識されてないし…青峰くんは目立つからなあ」
「そっかあ」
「桃ちゃんも、別に大ちゃんって呼べばいいのに。今更誰も気にしないよ?」
桃ちゃんは、そうかな、って困ったように笑うだけ。
一年生からマネージャーやってて、二年生になってすでに5、6人に告白されるくらい、とってもモテる桃ちゃんのことだ。わたしには分からないような苦労をしているのかも。
「あ、てっちゃん!」
廊下を歩いているてっちゃんを見つけて、手を振る。てっちゃんは、ぺこり、と頭を下げて、それから何かを思い出したように教室に入ってきた。桃ちゃんはぽかん、と驚いている。
「わ、私、テツくんが外にいるなんて、気づかなかった…」
「歩いてる時は、すごく気配消してるもんね、てっちゃん」
「僕としては、そんなつもりはないのですが…」
「はあ…さすがなまえちゃん」
桃ちゃんはちょっと悔しそうにため息を漏らす。桃ちゃんは、てっちゃんのこと好きなんだって。前におそるおそる教えてくれた時は、わたしも顔が真っ赤になっちゃったっけ。
「テツくん、なまえちゃんは昔からずーっとテツくんのこと見失わないの?」
「そうですね…小さい頃から。あ、そういえば」
「ん?」
「小さい時、なまえちゃんに泣きながら、“てっちゃんはお化けなの?”って聞かれたことがあります」
ぶはっ、とふき出したのは、いつのまにか廊下から教室を覗いていた黄瀬くん。
わたしは顔がものすごく熱くなって、思わずてっちゃんに怒ってた。
「お化けって…ぶはっ…なまえっちかーわいー!」
「もう!子供のときの話でしょ!」
「いやいや、いいじゃないッスか!心配になっちゃったんッスよねー?…くく、」
「きーちゃん笑いすぎ」
そんなふうに黄瀬くんをたしなめながらも、桃ちゃんだってにやにやしてる!
確かに、小さい頃はわたし以外の友達とか大人さえもてっちゃんに気付かなくて、もしかしたらてっちゃんはわたしにしか見えないお化けなんじゃないかと思ってしまって。よくよく考えればそうじゃないってわかるのに、わたしはなんだか悲しくなって泣いてしまったのだ。
「なまえっちの子供のときってどんなんだったんッスか?」
「泣き虫でしたね」
「てっちゃん!」
「そのくせ、怖いもの知らずでした。度胸があって男前でしたよ」
すらすら、とてっちゃんは表情も変えず話すものだから、恥ずかしくなる。男前っていうことに、またもや黄瀬くんが吹き出す。もっと他に言い方があると思うのに、てっちゃんはいつだってストレートで困る。
「でも、今も昔もとっても優しい女の子ですよ」
少し微笑みを浮かべて言われたフォローに、わたしは顔が赤くなる。
やっぱりてっちゃんは、ストレートすぎて、時々反応に困ります。
「あれ、涼太がいるなんて珍しいな」
「赤司っちー!聞いてくださいよ!なまえっちってば、小さい時……」
「わー!もう!黄瀬くん言いふらさないで!」
「かわいいエピソードなんだからいいじゃないッスかー」
「だーめー!」