「ねえねえなまえっちー!」
黄瀬くんは人懐こい。フェミニストなところもあるし、皆に対していつも笑顔だ。意外と頑張り屋さんだし、あんまり鼻にかけた様子もない。
かと思えば、
「あ、あの娘?やだなあ、あんな女、付き合ってないッスよー」
なんて、時折さらっと見せる瞳が、笑えていない時がある。つまり、差が激しい。どちらも本当の黄瀬くんなんだろうけど、ただのバスケ馬鹿の青峰くんとかとは違って、なんだか黄瀬くんは、そう、うまく言えないけど、ちょっと違うのだ。
「なまえっちー」
「はーい、どうしたの?黄瀬くん」
駆け寄ってみれば、黄瀬くんはタオルで汗を拭きながら少し不機嫌。新しいの欲しいのかなって思ってベンチに戻ろうとすると、手首をがしっと掴まれた。
「んん?」
「ねえ、いい加減名前で呼んで欲しいッス。涼太って」
「えーなんで?黄瀬くんでいいじゃん」
「だって、緑間っちとか黒子っちは名前じゃないッスか!」
「真太郎とてっちゃんと黄瀬くんは別人だもの」
そうだけど!と黄瀬くんはなんだか悔しそう。わたしは困ったなあと思って上を見上げた。
「なんで名前で呼んで欲しいの?」
「そりゃあ、なまえっちと仲良くなりたいからッス!」
「そういうことは、ファンの子にでも言ってあげてください…」
「なまえっちは俺と仲良くなりたくないんスか!?」
「そんなことはないんだけど…」
わたしだって、もっと黄瀬くんと仲良くなりたいから、名前で呼ぶのは構わないんだけど。ねえ。
「黄瀬くんの名前なんか呼んだら、ファンからの報復が怖いのだよ…」
何故に真太郎のマネ?というツッコミは、わたしの視線を追い掛けた黄瀬くんからは飛んでこなかった。
そこには黄瀬くんがそちらを向いたことによって、きゃあきゃあ騒ぐ女の子たち。きっとさっきまでは、わたしに冷たい視線を投げかけていたはず。黄瀬くんはへらっと笑って手を振る。モテる男はつらいなあ。
「黄瀬くんは、もっと自分の顔面偏差値を把握するべきです」
「わっ!黒子っち、いつのまに!?」
「やだなあ黄瀬くん、最初から隣にいたよ?」
「ええ!?」
まだなかなか慣れない黄瀬くんに、てっちゃんが「驚かせてすみません」なんて謝る。てっちゃんは謝る必要なんてないの、ってずうっと言ってるのに!
「いやーびっくり…で、なんだっけ?顔面偏差値?」
「てっちゃん、黄瀬くんは把握してるよ。だからモデルやってるんだし。ね?」
「はは、まあ、否定出来ないッスね」
モデルやりながら学校にきて、バスケもやって、ついでに女の子たちと上手く?やってる黄瀬くんは、とっても器用だ。そのプレイスタイルも器用だけど、もっと根本的に彼は要領のいい人間。わたしが一番羨ましい人だ。
「って、そういう話じゃなくて!ファンの子はファンの子、なまえっちはなまえっちじゃないッスかー!」
「黄瀬くんしつこいです」
「黒子っちヒドイ!」
「もーめんどくさいから、黄瀬くんモデルやめちゃえば?」
「ええ!?」
なまえっちもなかなか毒舌だったんッスね…なんて勝手に落ち込んでいる黄瀬くん。
「だって、黄瀬くん、雑誌の中よりバスケしてる時のほうがかっこいいよ?」
「!?」
「黄瀬くんがモデル楽しいならいいんだけど、もっともっとバスケのことも好きになって欲しいなあ」
「なまえっち…!」
がばっと抱きついてきたところを、思わず避ける。ひどいッス…なんて平気でしょんぼりする黄瀬くん。正直ちょっとめんどくさい。
「黄瀬くん、モデルをやるからには、その自覚を持ってください」
「うー…持ってるッスよー」
「だったら、簡単に女の子に抱きついたりしちゃダメでしょ!」
「えー?」
不貞腐れたように言う黄瀬くん。わかっていないはずはないのに、なんていうかそういうスキンシップに容赦がない。てっちゃんとか男友達に触れるのと、女の子であるわたしに触れるのと、同じ感覚でやろうとしている節がある。
もしかしたら、全部計算なのかも、って思ってしまうほど。
黄瀬くんは、大型犬みたいで、ちょっとめんどくさくて、実はミステリアスな男の子です。