よく、なまえは紫原くんのお母さんみたいね。って言われるんだけど、わたしよりさらにお母さんみたいな人がいます。
「しーんたろー!」
隣のとなりのクラスのホームルームが終わったのを見計らって、わらわらと出る生徒の波に逆らって、わたしは教室に入った。
隣のとなりのこのクラスには、青峰くんがいるからめったにこないんだけど、でも真太郎がいるからわりと来ていたりする。まあつまり、青峰くんがいない時を狙って来ています。
「どうした?」
かちゃり、真太郎は眼鏡を押し上げて私をみやる。その細い指には綺麗にテーピング。そして鞄には、今日のラッキーアイテムであるリボンがついている。私が貸してあげたやつだ。かわいい。
部活に行こう、とその鞄をもって立ち上がったところを、あわてて服を掴んでとめる。
「部活までちょっと時間あるでしょ?よかったら勉強教えて…?」
「……赤司に聞けばいいのだよ。となりの席だろう?」
「やだよ、赤司くん厳しいもん…」
確かに赤司くんはとっても頭がいい。学年トップレベル。教えるのだって決して下手ではないのだけど、いかんせん、怖いのだ。どうしてわからないの?という視線が痛い。
「……仕方ないのだよ」
真太郎は、ため息をつきながら席に座り直すと、律儀にも自分の筆箱を開けてシャーペンを取り出す。私も近くから椅子を拝借して(青峰くんの机だった気がする…!)ノートと教科書を並べた。
「で、どこがわからないんだ?」
「んっとねー」
真太郎は、なんだかんだとっても優しい。
「あーなるほど、これを見落としてたんだ!」
「お前は飲み込みが早くて助かる。青峰なんかは…」
「あほ峰くんだもんねえ」
真太郎が解いてくれた数式は、とっても綺麗に答えが出ていた。ずっと解けなくて気持ちわるかったから、今とってもすっきり。やっぱりやるからには、きちんとやり遂げたいもの。
「ていうか、真太郎、青峰くんの勉強もみてるの?」
「……バスケに支障が出ない程度には、勉強ができてくれないと困るのだよ」
「こないだ0点だったもんね…」
補習だなんだの騒ぎになって、練習ができなくて、赤司くんがキレたり大変だったのは、まだ記憶に新しい。それからみんなちょっとだけ勉強してるみたいだけど…同じクラスってのも大変だなあ。
「真太郎、面倒見いいもんね。大変だ」
「面倒見がいいというなら、お前だろう。俺は紫原のお守りが出来る気はしないのだよ」
「えーむっくんの面倒見てるのは赤司くんだよ。わたしはお菓子係」
へら、と笑うと、そんなことはない、と言いたげな真太郎の目。そういうところ頑固というか。
でもなんだかんだいって、真太郎は部活のことをちゃんと考えてる。きっとみんなのことを一番に心配してるのは、真太郎。
「真太郎はみんなのお母さんだね」
思ったことをそのまま口にすると、真太郎の眉毛がぴくっと動いて、不機嫌そうに真ん中に寄せられた。
「あ、ごめん。お父さんか」
「どちらでも変わらないのだよ…お前もそう思っているのか?」
「うん」
「…不愉快なのだよ」
「ええ!?」
帝光バスケ部のお父さん、ってかっこよくないかなあ。この曲者ぞろいのバスケ部のお父さんだよ?すごすぎる。
「……えーじゃあ、お兄ちゃん?」
「………どうして家族なのだよ…」
「えー?だって、みんな家族みたいなものじゃん」
「……もういい」
部活に行く、そう言って真太郎は、ぷいと顔を逸らして立ち上がってしまった。
わたしだって部活に行くんだから、一緒に行ってくれてもいいのに、その長い足でさっさと先に行ってしまう。
「まってよー!ごめんね、しんたろー?」
とりあえず謝ると、どうして謝るのかと逆に説教。
前言撤回。真太郎はなんだかんだ優しいけど、でもそれ以上にややこしいです。