「いやーすまんね、工藤くん」

パトカーの赤い光が顔を照らす。犯人の乗り込んだ後部座席のドアを閉め、申し訳なさそうに笑う目暮警部に、新一は首を横に振った。

「お役に立てて何よりです」
「いや…誕生日なのに呼んでしまって、本当に悪かったよ」

問題ありませんよ、と笑って返すには少し気がかりなところがあり、結果的に困った笑いを浮かべることしかできなかった。目暮警部からの電話を受け取った時の、彼女の一瞬の陰りを思い出すと、胸のうちがざわざわした。

「事件はタイミングを選んではくれませんから」
「まあそれは…そうなんだがね」

もうすっかり辺りは暗くなってしまった。
時計の針はもうすぐ23時を越えようとしていて、家まで送ってくれるという高木刑事の申し出をありがたく受け入れることにした。
誕生日だったんだね、と目暮警部と同じように申し訳なさそうな表情を浮かべる高木刑事は、丁寧だが少しスピードを上げて運転しているように、新一には感じられた。

「ゆいなちゃん、大丈夫だった?」
「…………はい」
「本当に悪いことをしたね…」

流れていく街頭や車の光を見つめながら、頭の中に流れてくるのは、さみしさを隠すように笑って送り出してくれたゆいなのことだった。彼女が料理とケーキを用意してくれ、二人で何気ない会話をしながらお祝いをしてもらっていた、少し恥ずかしいけれど自分には似つかないくらいの穏やかで幸せな時間を壊してしまったのは、呼び出した目暮警部でも申し訳なさそうにしてくれている高木刑事でもない。どんな時でも事件解決を優先する自分だ。そして、彼女にそれを受け入れさせているのも自分。

「工藤くん、着いたよ」

はっとして顔をあげると、流れる光を見ていたはずが、いつの間にか自分の家の前で車がとまっていた。電気が消えている。
ずん、と一気に気持ちが落ち込むのがわかった。待っていてくれるだなんて思っていない。

「じゃあ、おやすみ。それから誕生日おめでとう、工藤くん」

車を見送って、深くため息。
彼女は決して自分を責めない。困ったように笑うだけ。聞き分けの良い彼女だと、そう思えばそうなのだが、そうじゃない。いっそのこと、責め立ててくれれば釈明の余地があるのだが、それすらも与えてくれない彼女は、もしかしたら自分のことにさして興味がないのかもしれないとさえ思えてしまう。

重たい足をなんとか引きずって、玄関で靴を脱ぐ。やはり行く時にはあった彼女の靴は、もうそこにはなかった。すぐに部屋で寝てしまいたいところだったが、食べかけだった料理や、自分の口に入ることのなかったケーキがどうなっているのかが気になり、キッチンに寄る。彼女のことだから、きちんとラップをかけて出て行ってくれただろう。でも、もし捨てられでもしていたら、自分はもう彼女に赦しを請うこともかなわない。そこまで彼女を失望させた自分は、そのままフラれておしまいだ。

どんな言葉で別れを切り出されるんだろう、どう返せばそれを止められるだろうか、と気の遠くなるようなことを考えながら、キッチンの電気をつける。

「おかえり!新一!」

ぱん、と軽い発砲音と、火薬の匂い。
クラッカーを自分に向けて、にこにこと笑っているゆいなに、「え、」と短い言葉しか出てこない。
机の上には出てきた時のまま、食事が乾燥しないようにきちんとラップをかけられて並んでいた。

「………ゆいな?」
「ははっ、お化け見てるみたいな顔!帰ったと思った?」
「だって、靴、電気…」
「それくらい見抜けないなんてダメな名探偵さんね」

目暮警部から電話をもらい、慌てて帰ったようにみせるために靴を隠して、じっと息をこらしていたらしい。いたずらが成功した子供のように少し興奮した様子で笑うゆいなに、思わず手を伸ばした。柔らかい身体を抱き寄せて、肩口に顔を埋めて、大きく息を吸う。優しい香りが胸を満たして、抱き返してくれる小さな手が不安を払ってくれる。

「……愛想尽かされたかと思った」
「新一が自信失うなんて珍しいねえ」
「バーロー、俺だって、」

お前のことになると、すぐわけわかんなくなんだよ。
腰に手を回して離れないようにぎゅうぎゅうと抱きしめると、苦しいよ、と困ったようにゆいなが笑う。

「そりゃあ、新一が事件ばかり優先するから、腹が立つこともあるけど、」
「………」
「でも、新一が困ってる人を無視して私のこと選んでくれても、私は全然嬉しくないから」
「……ゆいな」
「でも、ちゃんとこうやって、私のところに帰ってきてね。待ってるから」

柔らかく髪を撫でるゆいなの手を掴んで顔を上げると、想像してたよりずっと優しい表情をしていて、胸がきゅっと苦しくなる。その苦しいくらいの愛しさをぶつけるように、ゆいなの唇を奪った。くすぐったそうに笑う彼女が時計をみて、目を合わせてにっこりと微笑む。

「誕生日おめでとう。新一、だいすき」

ありがとうの言葉とともに、絶対逃してなるものかと彼女をきつく抱きしめて、またキスを降らせる。あと何回誕生日を迎えたら、一生一緒に居てほしいというこの想いを伝えようかと、この先の未来を思い描きながら。

20160504
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