「はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーでぃあ、」
「ちょ、ちょっとまって、ちょっと落ち着こうか黄瀬くん!」

爽やかな笑顔を浮かべて、少し間の抜けた発音でお祝いの歌を口ずさむ涼太から、私はすかさず距離をとった。私の名前へと続く一番良いところを遮られた涼太は、むうと頬を膨らませて、私がせっかく空けた距離を、その長い足でいとも簡単に縮めてしまった。手首を掴まれた左手を思わず振りほどくと、眉間にシワがよる。だって、きみ、右手に握っているものはなに

「ピアッサー」
「わかるよ!なんでそんなものを頭上高くかまえながらハッピーバースデー歌ってにじり寄ってくるの!?こわい!」
「誕生日記念に、ピアス開けたらどうかなって。ね?」

可愛らしく小首を傾げる涼太は、悔しいかなやっぱりモデルさんで、何も考えずに首を縦に振ってしまいそう。
でも、だめだめ、痛いのは嫌だもの。

「痛くないッスよ!」
「うそだあ!前に涼太、はじめて開けた時痛かったって!」
「そんなの一瞬!」
「一瞬でもや、だ!わ、きゃ」

ごつん、足が何かに当たってバランスを崩す。涼太に背中を見せたら終わりだと思って、後ろに下がっていたのがまずかった。倒れる瞬間、にやりと亮太が笑ったのが見えた、気がした。
ぽすん、と背中からベッドにダイブしてしまった私が起き上がる前に、その上に涼太が覆いかぶさってくる。驚くべき早業で両手を大きな左手でひとまとめにされてしまい、この空間で唯一自由な涼太の右手のピアッサーの針が、私を威嚇するように光った。

ああ、殺られる…

「……そんな泣きそうな顔されると、困るんスけど」

目を開けると、困ったように微笑む涼太が私のおでこを撫でていた。投げ出されたピアッサー。ほっと胸を撫で下ろすと、両手を自由にしてくれた。起き上がったものの、私の膝を跨いだ状態から動こうとしない涼太はポケットをごそごそ漁った。罰が悪そうに、少し照れてるようにも見える表情で、ゆっくり手のひらを開く。
ちょこんと大きな手に収まっていたのは、銀色のピアス。

「それ、涼太の…?」

いつもつけてるピアス。でも、彼の耳にはいつもの通りそれが嵌められてて。

「………お揃い?」
「………うん」

さっきまでの威勢はどうしたのか、急に恥ずかしそうに顔を赤らめて逸らしてしまった涼太に、私まで恥ずかしくなってしまう。逃げ出したいのに、身動きが出来なくて困る。苦し紛れに、涼太の手からピアスを受け取って、光にかざした。黄色の石がキラキラ輝いている。涼太の瞳みたいだ、と思ってしまった自分がさらに恥ずかしい。
側面に掘ってある文字をなぞったら、彼の考えがわかった気がして、思わず笑みがこぼれる。

「涼太の名前」
「……俺だと思って、つけて欲しいなーって」
「うん」
「お、俺のやつにも、ゆいなの名前彫ったんスよ!ほら!」

ピアスの裏側が見えるように、必死に顔を近づけてくる涼太がおかしくて、声に出して笑ってしまう。よほど恥ずかしかったのか、ひどいッス!と叫びながら私の頭をだき抱える涼太。いつもさらっとかっこいいことを言ってしまうのに、改めてこういうことをすると照れるだなんて、かわいい。それに、嬉しい。

「………いいよ」
「え?」
「ピアス、開ける。涼太とお揃い、つけたい、から」

胸から顔を離して微笑めば、きょとんとした瞳に徐々に輝きが灯る。満面の笑みになった涼太は、私の名前を叫びながら勢いよく抱きついてきて、思わずまたベッドにダイブ。忙しないなあ、なんてのんびりと頭でも撫でようかと手を伸ばしたら、私の肩に顔を埋めているから見えていないはずなのに、その手を簡単に掴まれて、左耳をぺろりと舐められた。

「りょ、」
「ゆいな、誕生日おめでと」
「ありが、とう」
「これからも、ずっと一緒にいて欲しいッス。このピアス、いつでも着けててくれる?」
「うん、もちろんだよ」

私は涼太の名前を、涼太は私の名前を、いつも左耳にずっと置いておくなんて、なんだかとてもこそばゆい。でも、それ以上に幸せだと思えるのだから、思わず顔が緩んでしまっても仕方ないじゃないか。

「よーし、じゃあ開けるッスよー」

にやり、と笑った涼太に乾いた笑み返す。やだ、やっぱりこわい。衝撃に耐えようとぎゅっと目を瞑ると、ぴとりと冷たいものが耳に当たって思わず予想外な声が出る。恐る恐る目を開けると、涼太が目を細めてごくりと喉を鳴らしていた。

「………やだなあ、怖がり過ぎ。氷ッスよ。冷やさなきゃ、ね?」
「う、うん…」
「はい。じゃ、こんどこそ開けるから、怖かったら目、瞑ってて」

湿ったコットンで拭かれて、ピアッサーの針が一瞬耳たぶを掠めた。こわい、けど、涼太なら大丈夫だよね。

「……りょ、涼太…」
「ん?なに?」
「……痛く、しないでね…?」
「……………」

黙ってしまった涼太に、私も喋らずに身動きを止めて集中するべきだと察し、固く目を瞑って唇を噛んだ。カウントダウンでもしてくれればいいのに、涼太は無言で、じわじわと不安になってくる。怖くて、名前を呼ぼうと唇の力を緩めると、ぬるりとした暖かい感触。驚いて起き上がろうとしたのを、頭をがっちりと固定されて、舌をひっぱられたところで、耳元で、ガシャン。びっくりして、涼太の舌ごと、噛んでしまうかと思った。

「ふは…ね、痛くなかったっしょ?」
「……ばか!びっくりした!なにしてんの!?」
「俺の下でびくびくしてるゆいなが、かわいすぎて欲情した」

じんじんとまだ痺れてる左耳に唇を寄せて、そんなことを囁くものだから、くらりと眩暈がする。目を細めて射抜くように私を見つめる涼太は、さっきまで恥ずかしがっていた人とは別人。きらきら輝く双眸が、やっぱりピアスの石みたい。それをじっと見つめていたら、涼太はくすりと笑みを浮かべて、額をこつんと合わせると、私の唇をぺろりと舐めた。

「ね、いいッスよね?」

ほら、また、やっぱり涼太はずるい。


(2013.03.15 誕生日のあなたへ)
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