「また泣かせたの?」
きゅっと目を吊り上げて、彼女は睨んだ。
透き通った南国の海みたいに綺麗な水色の二つの瞳が、俺のことをじっと見つめる。
俺は、だからなんだという意味を込めて、鼻で笑うことで返事をした。
「女の子にだらしないの、よくないよ」
「……へいへい」
「今度はなんで別れたの?」
「重かったから」
だから、持っていられなくて、たまらなくて置いてきた。
そう言うと、いつもゆいなはまるで自分が傷つけられたみたいな顔をする。
俺より二つ上の彼女は、ブラック家のさほど遠くない親戚で、家計図から名前を消された女の子。
純血同士の結婚を繰り返している俺の家は近親なんてそんなこと一々気にしていられなくて、血は混ざって混ざって濃くなっていっていて。
同じ者同士が固まりあっていつしかお互いの棘で殺しあう、そんな滅び行く様が俺には見えていた。
「女の子の気持ちを重いだなんて、言っちゃだめよ」
ゆいなが名前を消されたのは、一年前。
俺との結婚を拒否したことが原因だったらしい。
その時の状況がどんなだったかなんて、俺は知らない。
次に学校で会った時には、彼女は「私、ブラックじゃなくなったの」と笑った。
俺はそれに、ただ「おめでとう」と返した。
「もう、シリウス!」
俺が話を聴いていないことに気付いた彼女が、俺の頭をぱしんと叩いた。
「いーだろ、ちゃんと綺麗に別れたんだ」
「むう……まあ、ね。こんな簡単に別れるなんて、好きじゃなかったんだものね」
「そういうことー。無理に付き合ってもアイツ傷つけるだけだし」
「んんん、でもなあ……」
悩ましげに首を捻るゆいなの髪を撫でる。さらりと指の間を通り抜ける感覚がとても気持ちよかった。
俺のそんな行為を気にも留めないで、彼女は顎に手をあてて唸った。
「シリウス、優しいのにね」
「そうか?」
「うん、とっても優しいよ」
俺はこの、彼女の笑顔のほうがよっぽど優しいと思う。
そんなことは口に出せずに、俺はまた柔らかな髪を梳いた。
今度はくすぐったそうに身じろぎしたことに優越感を抱いて、俺はその髪の先に、バレないようにそっとキスを落とした。
ゆいなは俺の光だった。
ブラックという名前そのもののように、暗く濁っていた俺の世界に、差し込んだ一筋の光。彼女といれば世界のものが全て美しく思えた。俺の知らないことを彼女は知っていた。俺の知らない幸せを彼女は俺にくれた。
だから、彼女の「ブラックじゃなくなったの」という言葉がとてもおかしなものに思えた。
だって彼女は初めから、暗闇なんかじゃなかったのだから。
「……ゆいな」
「んー?」
「どうして、俺との結婚を断ったんだ?」
うっとりと目を閉じていた彼女が、うっすらと目を開いた。
そうねえ、とのんびりとした声が恨めしくて、俺は彼女の肩に手をおいて引き寄せた。
いつ体の大きさも身長も力も彼女を抜いたのかなんて覚えていないけれど、俺よりもずっと小さくて弱い彼女はいとも簡単に俺の胸に閉じ込められてくれた。
「シリウスも私も、自由になりたかったから、かな」
俺の胸と彼女の胸の間に、その小さな手が壁のように入り込んだ。
やんわりと押し返す力は強くはないのに、彼女は反発し合うように離れた。
「だから、はやく幸せになってね」
そういったその顔は、憎らしいほど優しくて美しくて、俺はただ黙ってその唇に噛み付いた。
だから僕は繰り返す
救えるのは君だけなのに、君だけは絶対に俺を救ってはくれない。