目の前の白いネットが揺れる。
ボールを受け止めたそれは大きくしなって、まるで私をボールから守ってくれたみたい。そんなことをぼやけば、ネットの向こう側にいる男に鼻で笑われるだけだから、私は心の中でゴールネットにお礼を言った。
地面に落ちたボールが、ころころと少しだけ動いて、それを拾い上げた華奢で大きめな手の持ち主は、私のほうを見て顔をしかめた。

「オメーはなんでそんなとこに居るんだよ」
「ここが一番見やすいから」
「シュートしにくいんだけど」
「当たらないから、大丈夫」

けろっとそう言ってやれば、彼が今度は困ったように眉を顰める。

この顔が好きだった。
いつも大人ぶって余裕綽々の彼が、私に振り回されてくれている顔。

「新一こそ、誰も居ないゴールにシュートして何の意味があるのよ」
「じゃあ見てないでキーパーやれよ。マネージャーだろ」
「やーだー!新一の殺人的シュートなんて受け止めらんないよー」
「バーロー、何が殺人的だ」

冗談めかしたけど、実はかなり本気。
私だって女子の中では運動神経はいいほうだけど、新一のサッカーのセンスは恐ろしい。
たくさんの女の子が、部活中の新一のことを見に来てるのを知ってる。
確かに新一はかっこいいし、頭もいいし、おまけに部内で一番と言えるほどサッカーが上手い。
部活中に私が新一と話してると、鋭い視線がたくさん飛んでくるんだから。

「ずっとサッカー続けて、プロになればいいのに」
「そのつもりはねーよ。サッカーやってるのだって…」
「探偵に必要な運動能力、でしょ。散々聞きましたー」
「……じゃあ聞くなよ」

拗ねたように顔を逸らす新一が、こんなに我儘で意地っ張りだなんて、きっと学校中の女の子は知らないんだろうな。
そう思ったらなんだか少し優越感で、もう少しだけ女子の敵意の的になってやってもいいかな、と思った。


もう日も落ちて、ライトのないグラウンドでは限界の時刻になってきている。
それでも帰る様子がなく、リフティングを始める新一は、もしかして私がここに居る理由なんて全てお見通しなんじゃないだろうか。
だとしたら、かなり悔しい。

「……ばーか」
「何か言ったか?」
「べーつーに。そんなことより、さ、工藤新一くん」

わ、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
リフティングを続けながら顔をこちらに向けて首を傾げる新一は、悔しいけどかっこよくて。
恥ずかしがるようなことではないのに緊張してしまうのは、きっと今二人きりだからだ。
でもここで引き下がったら、グラウンドで一人練習する新一に、こんな時間まで付き合った意味がないじゃない。部活もないのに。
あれ、でもそういえば新一が一人で残って練習するのなんて、はじめてだ。ま、それは今はどうでもいっか。

私はすうっと息を吸った。


「誕生日、おめでと」


ちょっと投げやりに言うと、新一は目を丸くしたあと嬉しそうに微笑んだ。
クールを気取ってる彼がなかなか浮かべない、子どもっぽい笑顔だった。


「さんきゅ」


ぽーんと弧を描いてゴールを飛び越えたボールが、私の目の前に落ちた。
それをキックして、反対側からゴールネットに引っ掛ける。
へたくそ、と新一が笑う。
だってしょうがないじゃない。ローファーなんだから。
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