「俺、魔法使いなんだ」
シリウスはそう言ってにこりと笑った。
私がある小説の話を出したときだった。私のベッドの上で、私のマグカップでココアを飲みながら、私の手に手を重ねて、彼はそう言った。もちろん何の脈絡もない。
地球は青いよ。
そんなかんじの口調だった。
俺、実は女なんだ。
それくらいの衝撃だった。
「……は?」
私はたっぷり時間をかけて、ただそれだけ返した。
ほんとは、
なになに、頭おかしくなっちゃったの?もしかして新手の告白?お前に愛の魔法をかけてやるぜ、的な?
くらい言いたかったけど、ただ一言に全部を込めてみた。伝わったようで、シリウスの眉が困ったように下がる。
「ほんとだって」
「………そっ、か」
「信じてねえだろ」
「まあ、シリウスがそう思うなら、それでいいんじゃないかな」
「…そんなかわいそうな目で見るなよ」
ほんとなのになあ。
どこかぼんやりと、テキトーに、シリウスがぼやく。まったく誠意が伝わってきませんが。
「じゃあ、そのマグカップから国旗でも出してよ」
「手品か!」
「ハトでもいいよ」
「だから手品か!」
「できないの?」
「できたとしても、マグルの前ではやっちゃいけねえんだ」
「マグル?」
「魔法使いじゃない人のこと」
…いよいよ何かやばいんじゃないだろか。
マグルって。マグロか!いや自分のツッコミがよくわからないけど、とにかくシリウスの額に手を当ててみた。熱はない。
シリウスはそんな私の手をとると、恋人繋ぎにして、もう片方の手を腰に回して近づいてきた。膝と膝がこつんと当たる。そのまま、私の肩に顔を埋めながら、喋る。
「じゃあ、もう、たとえばでいいや」
「たとえば?」
「俺が魔法使いで、ホグワーツっていう魔法学校に通ってて、ついでに家が金持ちだったらどうする?」
「シリウス金持ちなの!?」
「そこかよ!」
ツッコミながら抱きしめてくるんだから、ほんと器用なやつだ。
ゆったりと彼の背中に手を回しながら、はじめて真面目に思案した。シリウスが、魔法使い。うーん、別に、
「いいんじゃない?」
「いいのか?」
「うん。別に何も困らない……あ」
「なに?」
「その学校で、シリウスが他の子に言い寄られてるのは嫌かも」
「……それは、大丈夫」
「どうだかなー。あと……そうだなあ」
私は一瞬言うかどうか迷って、彼の胸に額を押し付けた。もぞ、とシリウスが少し動いて、私の髪を梳きはじめる。
「魔法使いと…えっと、マグルは…結婚できる…の?」
ぴたり。手がとまる。顔を上げようとすれば、無理矢理に胸に押し付けられた。
あれ、いま、耳赤かった?
「できる。てか、ぜってえする」
「……ふーん」
「…他にないのかよ」
「べっつにー」
彼の首に腕を回せば、頭にあった手がもういちど腰に動く。そのまま押されて、二人で一緒にベッドにダイブ。ぼふん、一度揺れて、目を開けた時にはシリウスが私をじっと見つめていた。ああ、
「……で?」
「で?」
「それ、ウソ?ホント?」
「……さあ」
とぼけんのかよ。
片足で腰を蹴れば、足首を握られて持ち上げられる。億劫だったので、振り払った。
「ま、どっちでもいいや」
「…うん」
「その学校、あと、何年?」
「一年」
「一年かあ…」
「絶対、迎えにくるから」
「ん……待ってる。たぶんね」
ちょっと悪戯っぽく笑ってみせれば、シリウスはむっとしたように眉をひそめた。いいじゃない、お互いはぐらかしたって。ただひとつの真実をちゃんと私たちは理解してるんだから。
「ゆいな」
真上から見つめてくるその瞳はとても真剣で。そうだなあ、シリウスがどこの誰だって、その瞳だけが本当ならあとはなんだっていいや。だって私、
「愛してる」
「…愛してるよ、わ、」
たしも。
って続けたかった残りの言葉は、シリウスの唇に飲み込まれた。
ちょっと、もう、最後まで言わせてよ。ばか。