エンドロールを終わらせて
ぐらり、体が傾いた。

限界なんだなあ。
意外と冷静なあたしは、静かに悟った。
けれどそんな思考とは裏腹に、指先から駆け上がったひやりとした感覚で心臓を止めそうになる。

いや、止まるのだ、今から。

にやりと笑うアクマと目が合う。気持ち悪い、そう毒づいたのに、全部虚しいものに思えてしまう。多分ひゅ、と喉が鳴っただけだったのだ。
眼前に何か鋭いものが迫ってきて、きっと数秒後にはあたしの頭を貫くのだろう。
ああ、人生を思い返す暇もくれないのかと、暢気な考えが浮かぶ。
小さな時からエクソシストだったあたしには、戦い以外に思い返す人生もないけど。
何か思い出そうとするのに、世界はゆったりとしたスローモーションなのに、頭は、空っぽ。

ああでも、どうせなら、

「(彼の顔を思い浮かべながら、しねたら、いいのに)」

心は空っぽ。あたしの人生も空っぽ。
なんとかしがみついて生き抜こうなんて、そんな考えは少しも浮かばなくて。
ただ、最後に見る光景がこんなくだらないものだということが、心残りだ。
一生懸命この吐き気のする景色を掻き消して、あの男の、あの笑顔を思い出そうとする。
彼のことを想って、微笑みながら死ねたら、それはとても綺麗な終わり方だろう。
ああでも、あたしの頭は、馬鹿になってしまったみたいだ。


ほんと、しょうがないね、あたし。

ねえ、ラビ、あたしさ、君が、


「ふざけんな!」


あたしの体を支える手があった。
大きな手のひらが、あたしの背中にあてがわれていた。
最後まで閉じることのなかったあたしの目の前で、アクマが耳障りな悲鳴をあげて燃え上がる。
あたしは微かに感じる体温に、その声に、無意識にゆっくりと体の力を抜いた。
おかしいな、あんなに穏やかな思考をしてたのに、体が石みたいだった。

「……ラビ」
「なんで・・・・こんなになるまで一人で戦ってんだよ!」

また、火柱が燃え上がる。
あたしを支えている彼の声は上から降ってくるけど、どうも首が上に向けなかった。
顔が見たい。出来ることなら、さっき思い出せなかったあの笑顔を。
でも唯一拾える声には、あたしが思うような優しさはひとかけらもなかった。

「……努力したの」
「はあ!?」
「あたしが…倒せるだけ倒して…無理だったらラビに…任せようと」

最後の火柱があがって、ぷつりとアクマの声が切れた。
しんと静まり返った世界。目を細めれば、真っ黒な地面かと見間違えるほどの焦げたたくさんのもの。
鮮やかな光景だった。黒しかなくて嫌なにおいしかない空間なのに、さっきより幾分かマシな世界に感じた。
ラビがあたしの頭上で、小さく息を吐く。

「…終わった」
「お疲れ様…です」
「もっかい聞くけど、なんでこんな無茶な戦い方するんさ」
「無茶じゃないわ…頑張っただけ」
「頑張って駄目だったら、死ぬのか?」
「…しょうがない」

へら、と確かにあたしは笑った。
なのにラビはあたしの頭に軽く顎を置いて、黙りこくってしまった。
静まり返った空間に、危うくあたしは目を閉じてしまいそうになる。
でも今は駄目だと思ったから、背後にある気配をかんじながら、なんとか唇を震わす。

「…多分、あたしまだ死なないから。だから、泣かなくていいよ」
「泣かないさ」
「……そう」

背中から回るラビの手に、少しだけ力が入る。
ふと、抱きしめられてるのかな、と頭の片隅でぼんやりと考える。
上手に傷口を避けているのか、それとも痛みを感じなくなっているのか、不思議とぬくもりしかなかった。

「怖くないんか?」
「死ぬのが?…怖くなかったなあ」
「……なんで」
「あれかな、皆がこの戦いに勝つって信頼してるからかな」

ラビが、す、と息を呑んだのが分かった。
言葉が出てこないのか、数秒黙ったあと、甘さとは程遠い低い声が耳元に投げ出される。

「そんな信頼いらねえよ」

そんなの、いらない。
ラビはもう一度繰り返すと、あたしの肩に額を乗せた。柔らかい髪が、頬を撫ぜる。
なんだ、やっぱり泣いてるじゃないか。声が震えてる。あたしはその頭を撫でてやろうと思ったけど、手がまったく動かなかった。

死にかけると、笑顔が見れないどころか、この人に触れることすら出来ないんだ。

「ゆいな、」
「…ん?」
「好きだ」

首筋に、ふわりとほのかに温かい唇が触れる。
あまりに優しい感覚すぎて、あたしは少し呼吸を忘れた。

「だからさ、生きるために、俺を信じて」

必死だった。
震える声で、何かに怯えてるみたいで弱々しくて。
でもそれはひどく真っ直ぐだったから、あたしはそこで、ゆっくりと瞳を閉じた。


はじめて、この永遠に続く暗闇が、怖いと思った。
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