落ち着かない気持ちで、窓の隙間を流れる風を感じた。こんな狭いところを無理矢理入ってくるなんて、なんて強情で捻くれもので手の施しようがないのだろうと、オレは風に対して意味のない苛立ちを覚えた。
そしてカタンなんて小さな音を立ててガラスが揺れるものだから、もうたまらなくて、本を閉じて椅子を離れた。
なんでこんなにも、どうしようもなく、足が地に付いている感じがしないのだろうか。今まさに、時計が止まってしまうような気さえする。

「ラビ?」

オレが唐突に立ち上がったことに気がついて、ゆいながうつ伏せになって雑誌を読んでいた状態から、上半身だけ起こして不思議そうにオレを呼んだ。

「読み終わったの?」
「んーん。ゆいな、紅茶もらっていい?」
「どうぞ。別にその本持ってっていいよ、貸したげるから」
「いや、どうせ今日ぐらいしかゆっくり読んでられねーさ。明日から任務じゃん」

たしかに、と彼女は笑った。その笑い方がとても綺麗で、無邪気に見えたから、オレはまた意味もなく腹が立った。
いや、意味はあったのかもしれない。ただその得体の知れない意味は体の中を渦巻いてめぐって、ぐちゃぐちゃになって消化できないだけで。
翻弄されるオレは、実際本の中身なんて頭に入ってさえいない。紅茶の入れ方まで忘れてしまうんじゃないかと、指先が一瞬震えた。

カップの中に、別の人の顔が見えた気がした。映るのはオレの顔のはずなのに、ここまで来てしまったらもう駄目かもしれない。


「オレ、知ってるんさ」

そしてまた一歩、進んではいけないとわかっているのに、本能的にこのぐちゃぐちゃを吐き出そうとしてしまう。
こんな自分は嫌だ。もっと笑顔で、彼女の背中を押してやれる男になりたい。そんな大人になりたい。
けど現実に居るのは、まだまだ子供なオレで。そんなオレの中心は、いつだってたった一人の人物を軸にして回転している。

「何を?」
「ゆいなは、アレンが好きだって、こと」

彼女が小さく息を飲んだのが分かった。いくら驚きを隠そうとしたって無駄だ。それを見抜けるくらいの能力を、オレは持ってる。彼女のことなら、尚更。
だけど気配をよむだけで、表情なんて見たくもなかった。彼女の目なんて覗きたくもなかった。口を開く瞬間なんかなければいいと思った。
このまま時間が止まってしまえばいい。そして気がついたらすべてが終わっていればいい。オレの湧き立つ感情もなくなって、けろっとしていつものように笑えればいい。

ああなんて強情で捻くれもので、手の施しようがないほど、オレは、

交差点は
まだ見えない

この空間が立体を失って、平面に変化してしまったのではないかと思った。点と線だけがそこには存在する。私とラビとの間には、空気なんてものはなくて、ただ真っ白い紙に二つの黒い染みがあるだけ。
私は瞬時に、やってしまったと思った。そして、こうなることは分かっていたとすぐさま冷静になった。私の頭はまるで一気に上がりすぎて壊れてしまった温度計のようなものだ。肌に何も感じなかった。ただ、彼の顔だけは見たくないと思った。

「だったら?」

精一杯、平然を装った声を搾り出した。でもこんなの、ラビにすぐに見破られることは分かってた。でもそうせずにはいられなかった。

「だったら、どうなの」
「否定しないんさ?」

否定はしない。でも肯定ではない。

だって私は、恋愛はもう捨てた。それは教団に入るときに決めたこと、自分をいつでも立たせて歩かせるため。
戦い続ける私に、安らかな未来はない。恋をするということは、その未来を望むということ。そしてそれが叶わなかったとき、傷つくのは自分自身。
だから私は、揺れ動く心に歯止めをかける為に、その対象をすりかえて信じ込ませて、感情をあやふやにすることを覚えた。
作り出した感情は、人と自分を欺くためのものだから、本物になんて変化しようがなくて、ただ偽者の役目を忠実に果たすだけ。本物の気持ちを偽者にしようと、必死に働くだけ。

私は、アレン君が好き。

ラビは、好きじゃない。


「どっちだっていいじゃない。アレン君は、いいひとだよ」
「・・・オレにとっては、どっちでもいい話じゃないんさ」

ぐらり、と雑誌に必死に注いでいたはずの私の世界が、回転した。そして瞬きの直後にそこにあった瞳に、私はまた、しまったと思った。
自分の心が悲鳴を上げるのが分かった。痛み出す前兆を感じて、私は逃げ道を探そうとする。けれど全てを見透かしているかのように、ラビの手は私の頬を包んでいた。

「ラビ」
「ゆいな、オレは、」
「だまって、」
「オレは・・・・・!」

私たちは、近づいてはいけない。戦い続ける覚悟で居る私と、自分の夢と使命を追い続ける貴方は、きっと一生一本の線になることなんてない。
お互い傷つくだけなら、いっそのこと、全部気がつかずに済めばよかった。時間がこのまま止まって、気がついたら全てがなかったことになっていればいいのにと、私は現実を飛び越えようとする。
でも空間を持つ私たちには、そんなことできるはずがない。現実は残酷で思い通りになんかいかなくて、人間の心を欺くなんてどうかしていたんだと、私は三度目のしまったを思った。

もう嘘なんかじゃ誤魔化せられないほど、ほんとは、私、

(好きなんだ、泣いて叫んでしまいたいぐらい)
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