女子寮の階段を、誰も起こさないように静かに下りる。
朝方の談話室は勿論誰も居なくて、冷え切っていて、足を踏み入れた瞬間にぞくりと指先が震えた。
けれど、魔法の掛かっている暖炉は、私の存在を感知して再び燃え始める。それにほっとして、持ってきたブランケットをひっぱって、その前のソファに座った。
春が近づいてきたとはいえ、まだこの時間帯は冷える。どこかに居る彼も凍えているんじゃないか、そんなことを心配して、私は落ち着きなくまた立ち上がった。

外に目をやれば、遠くの空が明るく色づきはじめていた。
グラデーションを描いて、段々とこちらへ太陽はやってくる。さっきまで空を支配していた月は、もうここからは見えない。山へと帰っていったのだろう。
寒いと思いつつも、窓を開ければ案の定、冷たい風が頬を撫でた。
少しぼんやりしていた目が覚めてきて、ほっとする。

今日もこの日が終わる。また、何も心配いらない一ヶ月が始まる。


そのとき、入り口の肖像画が動いた。眠そうに目を擦り、迷惑そうに言う。

「帰ってきたわよ」
「・・・起こしてごめんね、レディー」
「何をやってるか知らないけど・・・毎回帰りを待つなんて、あなたいい女ね」

それに何も言わずに微笑むと、入り口がぽっかりと空いた。私は窓を閉めて、外の空気を遮断した。少しでも部屋が暖かいように。
鳶色の髪が見えて、心がとくんと弾む。安心感が胸いっぱいに広がる。

「リーマス」

声をかけると、彼は一瞬びくっとして、私の姿を見つけるとすぐに、硬かった表情が和らいでいく。
もう何回もこんな朝を迎えているのに、彼は一向に慣れることがない。私の第一声に、必ず表情を固まらせるのだ。

「ゆいな、また起きてたの?」
「ううん、今日はちゃんと寝たよ。さっき起きてきたの」
「・・・そう、」

ごめんね。とリーマスは申し訳なさそうに言った。その表情に、私の胸がきりりと痛む。


いいえ、違うわ。謝らなければいけないのは私の方。

もう何回もこんな朝を迎えて、一向に進歩しないのは、私の方。


「今日も、楽しかった?」
「・・・うん。また、秘密の抜け道を見つけたよ。森のすごく綺麗な場所に繋がってるんだ、今度連れてってあげるよ」


彼は月に一回、親友達と夜の冒険に出かけているのだという。
ホグワーツの秘密を見つけては、地図に書き込み、誰にも知られていない場所を見つければ、自分達の隠れ家にする。だからいつも傷だらけで、とても疲れ果てて帰ってくるのだと、言う。

「楽しみにしてる。・・・でも、あんまり怪我、しないでね」

頷いた彼の笑顔は、疲れているけどとても優しい。
私はその笑顔を見るたびに、彼に抱きついて、泣き出してしまいたい衝動を抑える。


本当は気づいてる、私に嘘をついていることぐらい。

何かが彼を苦しめていることを知ってる。その何かも、大体の予想がついている。
だけど聞き出せないのは、彼を問い詰めることができないのは、勇気がないから。
私がそれを口にした瞬間に、彼が見せる表情が想像できなくて、彼の笑顔が崩れることが怖くて、何も言えないの。

ごめんね、謝らなければいけないのは私のほう。
彼の帰りを静かに黙って待ついい女を演じながら、心の中はいつもざわついてる。
全てが明らかになったとき、私はそうでなくても、あなたはきっと私を怖がるのだろう。

何も言えない私は、いい女なんかじゃない。

月影に微熱


「ただいま、ゆいな」

だけど彼はいつも笑って、こんな私を抱きしめてくれる。
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