「シリウスってさ、女の子に興味ないの?」

丸っこい大きな茶色の瞳が、真剣にこちらを見つめながらの、唐突な言葉。
俺はその言葉の意味がしばらく理解できなくて、彼女の目をじっと見つめ返した。
うっすらと水分の膜を表面に張った綺麗な瞳の中に、俺の唖然とした顔が映りこんでいる。
ゆいなが「シリウス?」と小さく俺の名を呼ぶ。途端にかっと顔に熱が集中して、慌てて立ち上がった。

彼女の顔が、とんでもなく近くにあったのだ。

「なっ・・・な、え?なんだって?」
「動揺するとかあやしーい」
「は?なに、」
「だーかーら、女の子に興味、ないの?」

興味ってなんだどういうことだこいつは何を言っているんだ。
かわいらしく小さく首を傾げる姿に、俺はなんと答えていいのかわからなくなる。
そもそも、ゆいなが何を聞きたいのかがよくわからない。

「な、なんでだよ」
「だって、シリウスってば、たくさん女の子泣かせてるじゃない」
「泣かせてるってお前・・・」
「今日だって、中庭でレイブンクローの子フッてるの見たんだから!」
「・・・・・・・・あー・・・そういえば」
「そういえばって何!?あんたどんだけ酷い男なの!?」

ゆいなが持っていた羽ペンを振り上げたから、慌ててその腕を掴んだ。

何て言って断ったのかもよく覚えていないけれど、その子の顔がぼんやりと思い浮かんだ。
可愛い子だったな、うん。
まあでも、ゆいなにはどうやったって敵わないけど。

そんなふうに俺が納得しているのなんて知らずに、ゆいなは「最低だ」とかぶつぶつ言いながら俺を睨んでくる。
怒っている顔もかわいいとか思う俺は多分末期だと思う。ジェームズに対して何も言えない。あいつは本能に従順なだけなのだ。
左手で感じる彼女の体温と手首の細さが心地よくて離したくなかったけれど、ぶんぶんと手を揺らして抵抗を示してくるものだから、諦めて離してやった。

「なんであんな可愛い子断っちゃったのよ!?」
「なんでって、興味なかったから」
「・・・・!やっぱ、女の子に興味ないんだ!?」
「ちげーよなんでそうなるんだよ」

どうしても話をそっちに持って行こうとするゆいなを少し睨むと、彼女は不貞腐れた顔をしながら、だってシリウスが、とかごにょごにょ言葉を漏らして下を向く。
なんだよ言ってみろ、と促すと、彼女がばっと顔を上げた。

「だってそれじゃ、あの子を断る理由がないじゃない!」
「なんで?あいつに興味ない、で充分だろ?」

ていうか俺が興味あんのはお前だけだこのやろー!
と言ってやりたかったのをなんとか飲み込む。ゆいなはでもでも、とまだ食い下がろうとする。
小さな手をきゅっと握って、少しだけ前のめりになって俺に必死に喋りかけてくるから、また少し顔が近い。

「あんな可愛い子に興味がないなんて、健全な男の子としてどうかと思うの!」
「健全な男の子って・・・・・」
「ね、告白されてドキッとしたりムラッとしたりしたでしょ!?正直に言って!」
「ム・・・しねえよ!つーかお前、なんでそんな必死なんだよ」
「うえ!?」

何がスイッチだったのか、ゆいなの顔がぼんっと火がついたように真っ赤になった。
それからわたわたと慌て始めて、さっきまで俺を映していた瞳に、恥ずかしさからなのかうっすらと涙が浮かぶ。
頬を染めながら、ええと、とかそれはね、とかうろたえる姿に、俺は心臓がきゅんとなるのを感じた。
・・・・・きゅんてなんだ恥ずかしい。
でもとにかく、かわいかったのだから仕方ない。

「もう!なんでもいいから、“ドキドキしました。俺女に興味ありまくりです”って言って!」
「はあ!?なんでそんなこと言わなきゃいけねーんだよ!」
「言ってもらわなきゃわたしが困るの!」
「なんでだよ!」
「それは・・・・っ」

またゆいなが顔を真っ赤にさせて、言葉に詰まる。
潤んだ瞳を左右にゆらゆら揺らした後、もう一度俺を見つめてきた目は怒ったようにキッと吊り上げられていた。

「あんたが好きだからに決まってんでしょこの鈍感馬鹿男!」

いい加減気付け馬鹿やろう!
と付け加えて、ゆいなは席から立ち上がると、一目散にドアに向かって駆けていった。
俺は一気に体中を駆け巡った熱で頭がぼうっとするのを感じながら、どくどくと心臓が暴れるのを抑え付けるのも忘れて、慌てて彼女の手首を掴む。
やっぱり折れそうに細い手首。それでもぎゅっと強く握れば、涙を浮かべ真っ赤になった彼女が驚いたように振り返る。
その薄い肩を乱暴に引き寄せると、びくりと小さな体が震えるのがわかった。
そんなのお構いなしに、俺は大きく息を吸う。

「言っとくけどなあ・・・ドキドキするのもムラムラするのも、お前にだけだ!」

びく、とさらに彼女の体が大きく動いた。
心臓がばくばくとはちきれんばかりに高鳴って、俺はごくりと唾を飲む。
俺が、ゆいなを、抱きしめている。現状を冷静に見つめ直すとくらくらして、失神しそうになった。
それでも頑張って気を張って、俺の腕の中で硬直している彼女を見下ろした。
しばらくしてから聞こえてきた声は、とてもか細くてさっきとは比べ物にならないほど弱々しい声。

「・・・・・・ムラムラは、余計だよ・・・」

そう言って遠慮がちに俺の背中に回してきた腕は、とても温かくて、とても愛しいものだった。


(愛してる!そんな甘ったるい言葉だって、今ならきっと言える!)
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