「お、リーマス。こないだの変身術のレポートなんだけどさ・・・・」


がやがやと賑わう授業前の教室。
グリフィンドールに加えてスリザリンも合同でいつもより人数が多い分ざわめきも多い。
ジェームズたちがスネイプと何かやらかさないかとひやひやしている反面、私の心は見事に彼の名前に反応した。
多分、どんなに煩い場所でも、どんなに遠くから聞こえてきても、私はその名前をキャッチできるんじゃないだろうか。
そんな風に過信してしまうほど、私の心は強く彼に捕まれてしまっている。

高鳴る気持ちを抑えつつ振り向けば、遅れて教室に入ってきた鳶色の髪の青年が、シリウスと話しているところだった。
真上へと昇ろうとしている太陽の光が彼の横顔を輝かせていて、かっこいいな、なんて見つめていたら、あろうことかリーマスと目が合ってしまった。やばい、逸らさなきゃ、と思うのだけれど、彼が微笑んだりするから思わず引きつった笑みを浮かべてしまう(さいあく!)
そんな私に気づいてないことを願うけど、リーマスはすとん、と空いていた私の隣の席に座った。

「ゆいな、変身術のレポートってさ、ソファーに変身するやつだよね?」
「え?あー・・・・うん、そうだよ。いかに敵を欺くか――とか」
「ほら、シリウス。君ちゃんと授業聞いてないと」
「授業中に成功したんだから、レポートなんて書く必要ねえじゃん」
「そうやって、シリウスは点数を落とすのよ」
「ゆいなの言うとおり」

はは、と楽しそうにリーマスは笑った。つられて、今度は私も自然に笑みを溢す。
めんどくせーと唸るシリウスの隣にいつものようにジェームズが座って、ずっと前の方で教科書を読んでいるリリーの気を引こうと頑張っている。
開始ベルぎりぎりで駆け込んでくるピーターのためにひとつ席をとっておいて、私たちは筆記用具を並べる。


「・・・・ゆいな」

こそり、と隣に座っていたリーマスが呟いた。内緒話のような声に首を傾げると、彼は左手を差し出した。
その手の中には、ころんと黄色い包みのチョコレートがひとつ。


「これ、すごく美味しいんだ。でもジェームズたちが勝手に食べるからいつのまにか、最後の一個」
「もらっていいの?」
「ほんとはゆいなと食べようと思って買ったんだよ」


あいつらが自由奔放すぎて、とリーマスは肩を竦めてみせた。
私と食べようと買ってくたことがすごく嬉しくて、私は心の底からお礼を言ってそのチョコを口に入れた。
ミルクの甘い味が口内に広がって、美味しくて嬉しくて、思わず感嘆して美味しいとそのままの気持ちを言葉にすれば、リーマスはきょとん、とした後くすくすと笑い出した。

「な、なに・・・?」
「いや・・・かわいいなあと思って」
「へ・・・っ!?」

予想外の爆弾発言に、私がおののいて立ち上がってしまうと、開けた空間が目の前に広がった。教室中の目が、私を見上げている。気がつかなかったけれど、どうやらいつのまにか授業中だったらしい。
魔法史の退屈さに飽き飽きしていた何人かは私の顔を見てにやにやと笑っているし、スリザリンにいたっては冷ややかな目。
一気に真っ白になってしまう私の頭なんて知りもしないで、先生がごほんと咳払いをして、突っ立ったまま硬直した私に静かな怒りを湛えた笑顔を向けた。


「この魔法使いの遍歴について何か意見でも?」
「い・・・いいえ・・・」
「そうですか。では発作的に立ちあがってしまう呪いでもない限り、しっかりと着席しているように。ミスターポッター、杖ではなく教科書を出しなさい」


私に向かって本当に、立ち上がってしまう呪いをかけようとしていたジェームズをしっかりひと睨みして、私は小さな声ですみませんと呟いた。
恥ずかしさで死んでしまいそうになりながら、体を小さくして座れば、隣でリーマスが一生懸命声を押し殺して笑っていた。
机の下で彼の足をばしんと叩けば、リーマスは笑いを堪えながら目じりに涙を浮かべて謝ってきた。

「ごめ、ん・・・ゆいな、最高」
「全部リーマスのせいだからね!」
「あんまり大きい声出すと、また怒られるよ」
「・・・!」

慌ててぱっと口元を隠すと、またリーマスが押し殺した声で笑う。もう一度、今度は強く彼の足を殴れば、彼は笑ったまま羊皮紙の端にさらさらとペンを走らせた。

”ごめん”

男の子とは思えない、綺麗な字だ。私が感心していると、続きのインクが文字を作る。

”でも、立ち上がるとは思わなかった”
”リーマスが変なこと言うから!”
”変なこと?”

私ははっとして、ペンを止めた。
リーマスにしては珍しい、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
そんな顔をされても、私は無駄にペン先からインクを滲ませるぐらいしかできなくて、顔が真っ赤にならないようにするのに必死で。
インクの染みが広がっていく羊皮紙をみつめた後、リーマスは笑みを浮かべたまま少し私の顔に近づくと、今度はゆっくりと唇を動かした。


「かわいい、って思ったのは、本当だよ?」


ショート寸前の視界の片隅で見えたのは、勝ち誇ったように、楽しそうに笑うリーマスの横顔だった。


(またもや先生に怒られて、今度こそ呪いをかけてきたジェームズと共に罰則を喰らったのは、言うまでもありません!)
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