「なあ・・・・お前ってさ、俺のこと彼氏だと思ってんの?」


大広間に昼食を取りに行こうと廊下を歩いていたとき、突然、斜め後ろから飛んできたシリウスの言葉。
食事のことと、次の空き時間にジェームズたちと何をして騒ぐかを平行させて考えていた私は、上手くその言葉の意味を脳内処理できなかった。

「・・・・・・・・は?」
「は?じゃねーよ。お前、今メシのこと考えてただろ」
「(うわ、当たりだよ)あと、次の時間何するか考えてた」
「・・・・・はあ」

シリウスは額に手をあてて、あからさまに呆れたようにため息をついた。
なんだなんだ、無礼な奴だな。あんたの頭の中だって、似たようなものだろうに。
どうせ脳内は、ジェームズ達の事と、いたずらと、食べ物で占められているのだ。・・・頭がいいから、悔しいけど勉強のことも入ってるかも。

私はむっとして彼に蹴りでも入れてやろうとしたけれど、すんでのところではっとして、足を止めた。
ふるふると頭を振ってもう一度ため息をついたシリウスは、眉間に皺をよせて私を見つめてきた。
心臓が、小刻みに震え始める。どくん、と嫌な音。

さっきこいつは何を聞いた?彼氏だと思ってるか、って、

「・・・・・どういう意味?」
「いいよ、別に。忘れとけ」
「よくなくよくない!」

立ち止まった私を無視して、通り過ぎて行こうとする彼の腕を掴んで引き止める。
やっと言葉の意味を飲み込むことが出来た私は、お腹の底のほうから不安が湧き出てくるのを感じていた。
その、灰色の深い瞳が、何を考えているのか分からない。

「言ってよ、シリウス。わかんない」
「・・・・・お前のそういうキッパリしたとこ、いいよな」
「はぐらかさない!」

びしっと言い張れば、シリウスは困ったように肩を竦めた。
逃げないことを確認してそっと手を離せば、彼は頭をかきながらくるりと背を向けた。
その広い背中に、もう一度手を伸ばそうとして、やめる。こいつはきっと、私のこの渦巻く暗闇を、知らない。

「・・・お前さあ、」
「うん・・・」
「ジェームズたちのこと、大好きじゃん?」
「・・・・・・まあ」
「俺と居ても、あいつらのこと考えてんだろ」

最後の言葉は、シリウスにしては自信がなくて弱っちい声だった。
私は返す言葉が見つからなくて、というか唖然としてしまって、窓から漏れる風に揺れている黒い髪を目で追った。
黙り込んだその背中が、なんだか違う人のもののように見える。


親友だった。
ジェームズもリーマスもピーターも、それからシリウスも。
学校に入ってから、ずっと。騒いで悩んで、馬鹿なこともやったし、だけど男と女だから違う部分もあった。
それでも親友だった。友情からくる愛情だった。

ただ、シリウスだけは、いつのまにか違っていた。

(・・・・私から告白したって、覚えてんのかな、こいつ)

「確かに、考えてる時もある、けど」
「・・・・・」
「でもそれは、シリウスもでしょ?」

シリウスが、何よりも誰よりも親友を大切にすることは分かってた。だって、そこに惚れたんだもの。
真っ直ぐに大切な人を思う気持ちが。何を捨てても、それだけは守り通す決心が。

だから、私は、彼の一番にはなるつもりはなかったのに。

なのに、

振り向いたシリウスは、ひどく悲しそうな目をしていて、心臓が止まってしまいそうになる。

「・・・俺は・・・お前のことばっかり考えてるよ」
「え?」
「そりゃ、皆で騒いでるときもいいけど・・・俺は、ゆいなと居るときが一番いい」

たぶんその時の私は、死にそうなほど真っ赤になっていたに違いない。
困ったように笑ったシリウスの横顔が、小さく揺れる黒い髪が、聞きなれない優しい言葉が、胸を押しつぶして。
喉までも絞まってしまった私が搾り出した声は、動物が鳴くような小さな音になってしまった。

「・・・なに?」
「わわ、わたしも、って言ったの!」

無茶苦茶に動揺した私がめずらしかったのか何なのか、シリウスは一瞬フリーズした後、ふ、と噴出した。
少し頬を赤らめて、楽しそうに綺麗に笑うその表情に、さらに胸が高鳴る。
かっこいい、と素直に思って自分の心臓の音を聞いていると、いつのまにか大きな拳が目の前にあって、額にごつん、と。

「痛い!」
「あースッキリした。よーし、飯食うかー!」
「な、なに、あんた何なの!」
「何って・・・お前の彼氏様ですよ」

きらり、と効果音でも付きそうなほど爽やかな笑顔で言われて、私は言葉に詰まってしまった。
その言葉に不覚にもまた胸がときめいたのは秘密だが、急激に元気になって歩き出したその背中を追いかける。
思いのほかシリウスの足取りが軽いのは気のせいじゃないだろう。
快活に歩く彼のポケットに突っ込まれた両手が目に入ったとき、私は少しやり返してやろうと思った。

「・・・じゃあ、私の大事な彼氏様にお願いがあるんですけど、」

ん?と振り向いた彼の左腕に、全身の力を込めてダイブをするように抱きつく。
おわ!と叫んでバランスを崩しかけたシリウスだけど、さすがということで、上手に私を受け止めてくれた。
驚いて見開かれている灰色の瞳を見上げて、にこりと笑ってみせる。

「もうちょっとだけ、二人きりで居ませんか?」

ああ、今はその瞳が何を考えているのか、手に取るように分かるよ。


(その左手を握り締めて、少しだけ、愛の逃避行!)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -