窓硝子に映った光と透けて見える外の光が、重なって揺れて、いつのまにか消えていた。

長いトンネルに入ったのだと気がつくのに、自分でも意外だったけれど数秒を有した。
それだけ私は必死に、現実と夢との狭間を捜し求めていたのだろう。
そこに入り込んで目を閉じるその一瞬の浮遊感に体を預けてしまえば、後はこの振動が目的地に運んでくれる。
そして私はその無責任ともいえる動作に今まさに、堕ちてしまいたい。


「雨が降りそうさ」


空の気分を伺うこともできない暗闇で、向かいのラビがぽつりと言った。
がたん、がたんと規則正しく揺れる中で、それだけが現実のもののように感じた。
唇を震わそうとするけれど、眠気のせいでそれも上手くいかない。瞼がゆっくりと重たくなる。


ぐわり、と侵食するように、遠くの光と溶け合って闇が瞼を襲って、私は慌てて目をあけた。


こんなに辛い光景を見るならいっそのこと、なんて今までいくらでも思うことはあったのに、暗闇はどうしても好きになれない。
ただでさえ前と後が常にわからないようなものなのに、取り残された足は動くのをやめてしまいそうで。
ただでさえ何を言えばいいのかわからないのに、届ける相手を見出せない口は閉ざされてしまいそうで。
暗闇はきっと、私の全部を奪い去るだろう。そう感じる時が、しばしば訪れる。
そういった時はたいてい、命の危険を感じた任務の後が多い。


今みたいに。


車輪が線路をこする音がした。
窓硝子から振動が伝わって、私の意識にほんの少し噛み付く。私はゆっくりと瞬きをした。

「どうした?」
「ん・・・・ううん」
「そっか」

硝子に映りこんだ、ラビの綺麗な横顔を眺める。
ぼーっと遠くを見ていて、きっと彼も疲れを感じつつ何かを考えているのだろう。
私はそれをじっと見つめる。すると、ラビが私にしっかりと焦点を合わせて、笑った。

「めっちゃ眠そう」
「う、ん」
「寝ればいいさ」

うん、と曖昧に答えながら私はもう一度瞬きをした。暗闇が少しでも短く済むように、ぱちぱちと。
そんな私の様子が意味することを分かっているのか、ラビが小さく息を漏らして微笑んだ。
ゆらゆらと揺らぐ私の視界は、まるで水中を漂っているかのよう。彼の笑顔がぼやけてみえる。

「ゆいな、こっちおいで」
「ん?」
「いいから」

手招きされたとおりに、彼の隣に移ろうとする。
がたん、と大きく列車が揺れて、あ、と私が何かに捕まろうとしたとき、ラビの大きな手が上手に受け止めてくれた。
私の肩を抱きかかえるようにしたラビは、ぐいと私を引っ張って隣の席につかせた。

「このまま、」
「うん?」
「このままなら、寝れる?」

子守唄のように優しいラビの声に、私は彼の背中にぎゅっと腕を回すことで答えた。
ゆっくりと目を閉じてみる。
そこにあった暗闇は、やっぱり真っ暗だったけれど、なんだか暖かい海のような気がした。
ゆらゆらと私の肌を優しく撫ぜる、ぬるい水みたい。
うっすらと唇を開いて空気を探せば、なんでだろう、生きているのだと感じた。


「俺がいるから、安心して」


額にそっと触れたラビの体温を感じて、唇からあたたかな息が零れ落ちる。
うん、ときっと答えた私は、そのまま海の底に沈み始める。


とん、と背中が海底に着く。ゆらゆら、小さな振動が体中の肌を震わせる。
きっと水面はずっとずっと頭上。だけど私は怖くない。


きらきら、光が淡くそそいでいて、だってここは、ただの暗闇じゃないのだから。





ぽつ、ぽつ、と小さな音を私の鼓膜が拾い上げる。微かに身じろぎをすると、ラビが私の頬を撫ぜた。

「やっぱり降ってきたさ」

彼の声は淡くて、透明で、どうしようもないほど優しくて。
胸の奥がきゅっと締め付けられる思いは、もしかしたら呼吸困難に似ているのかもしれない。


硝子窓にぶつかって落ちてゆく雨は、今まさに海に帰ろうとしているのだ。

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