「あ・・・ゆいな。誕生日プレゼント、何がいい?」

ふと、ころりと零れ落ちるように自然に口から出てきた質問。
どうせなら、彼女が欲しいものをあげたいという希望。
僕達みたいな恋人同士なら、当たり前の会話のはずだ。彼女も微笑んで、嬉しそうに恥ずかしそうに、僕におねだりをしてくれると思った。
滅多にそんなことしない彼女だから、僕はその仕草を楽しみにしているといっても言いすぎじゃないんだ。

それなのに、暖炉の前で僕のローブの裂けたところを直していてくれていた彼女は、器用に動かしていた手をぴたりと止めて僕を見たあと、苦笑いをして言った。

「いらないよ」
「え?」
「うん、いらない」

勝手に一人で頷いて、納得して、また手元の針を動かすことに集中する。
魔法でやれば一瞬なのに、彼女は僕のローブを直すときに絶対に魔法を使わない。
針を刺すたびに、願いを込めるんだって彼女は言っていた。僕を守ってくれるようにと、真っ直ぐな願いを。

そんな、無駄な動きの一切ない彼女の指先を呆然と見つめて、僕は聞き返した。

「なんで?」
「だって・・・そんなお金ないのに」

僕の胸がちくり、と針に刺されたように痛む。
彼女の声に僕を責めるようなものはまったくなかったけど、それでも申し訳なさが胸を締め付ける。

卒業して、彼女と生活し始めて一年。相変わらず僕はあまりいい収入を手に入れられない。
僕の特性では難しいことだと腹をくくっていたはずなのに、いざこうやって、僕のローブを直す彼女の背中を見ていると、どうしようもなく惨めになる。

本当なら、君の全部を背負ってあげたいのに。

(むしろ、背負われているのは僕のほうだ)

「・・・・ごめん」
「え?・・・・・・ちがうって、そういう意味じゃなくて、」

慌てた彼女が僕の方を振り返る。そして、いた、と小さな悲鳴を漏らして針を放した。
指を刺してしまったらしい彼女は、その指先を舐めながら、落ち込む僕に困ったように笑った。

「リーマスが謝るから、びっくりして刺しちゃったじゃない」
「ごめん・・・大丈夫?」
「・・・だからー・・・もう」

ゆいなは浅くため息をつくと、鮮やかな手つきで針の先を使ってくるっと糸を結んで、ぴんと張り詰めた糸をぷつりと切った。
まち針が付いていないことを確認してから、そのローブを僕のほうに放ってよこした。
僕はその縫い目を見て、思わず感嘆の声を漏らす。
彼女が恥ずかしそうに「魔法ならもっと綺麗だけど、」と笑った。

「あのさあ、リーマス」

彼女はひざ掛けをどかして立ち上がると、ローブを抱える僕の隣にちょこんと座った。
今まで暖炉にあたっていた彼女の体温はびっくりするほど暖かくて、寄り添う肩から熱がゆったりと伝わる。
こてん、と僕の肩に頭を乗せて、ゆいなは静かに目を閉じて微笑んだ。

「わたし、この生活がすっごく幸せなんだよ」

お料理するのも、お裁縫するのも、掃除するのも、全部楽しいんだ。

長い睫毛が静かに揺れて、彼女は目を開けると僕のローブを手にとって広げた。
よくよく見ると、縫われた跡がいくつもある。彼女は何回も、何回もこのローブを直してくれる。
彼女が望んでくれる限り、もしかしたら僕が望む限り、このローブに縫い目は増えていく。

きっと、ゆいなも同じものを見て、同じことを考えていたんだろう。
愛しそうに、僕のローブを抱きしめた。

「リーマスが居れば、他に何もいらないの」

心臓の奥がしびれて、言葉が見つからなかった。声も出せなかった。溢れ出す震えが、指先まで届いて僕を動かした。
使い古されたローブを抱きしめる彼女の腰に腕を回して、ゆっくりと引き寄せる。
僕の肩に乗る彼女の額に頬を寄せれば、くすぐったそうに彼女は笑った。

「だいすき」

囁かれる声が、僕より幾分か高いその体温が、細い肩が、綺麗な髪が、彼女のすべてがまるで、幸せの塊でできてるみたいだ。

僕もだよ、と呟いた声が、同じように君を幸せにできたらいいのに。

スローテンポな
愛しかた


僕は一生、君を大切にしてゆくと誓うよ。

どれだけ貧乏だろうが、どれだけ君に苦労をかけることになってしまおうが、僕はもう一生君から離れることが出来ないと思うんだ。
それなら、僕の全てをかけて、君を愛し続けると誓おう。

ねえ、そうだ、これから君の誕生日には、二人でケーキを作ってささやかなパーティをしよう。

もちろん、この家で君と二人で、ずっとずっと、おじいちゃんとおばあちゃんになるまで、ね?
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