リーマスと居ると、あったかい気持ちになる。

そう私が告げたとき、リリーは頬をほんのり赤くして目を輝かせて、私の手を強く握った。
リリーのエメラルドの瞳は、女の私からしても、いつ見ても本当に美しい。彼女の目を見つめるたび、ジェームズが彼女に夢中であることを心の底から納得してしまう。
そんな瞳がいつもより輝いていて、正直私は戸惑ってしまった。

「わたし、あなたとリーマスはお似合いだと思っていたの!」
「へ、」
「リーマスは優しいし真面目だし、素敵な人よ」
「う、うん」
「あ、でもジェームズ達には言っちゃだめ!からかわれるだけなんだから」
「ちょ、ちょっと待ってリリー。何、どういうこと?」

ずいっと身を乗り出していた彼女の肩を押し返す。え、なに、なんの話だ。
私が戸惑った声で呻けば、リリーは首を傾げた。赤い髪がさらりと流れる。

「何って・・・・リーマスが好きだってことじゃないの?」
「ええええ!?」

私は大きな声をあげてしまった後、パニックの頭の片隅で、ここが談話室じゃなくてよかったと思った。
何故って、絶対にあの悪戯仕掛け人たちに何か言われるに決まってるから。

て、そこが問題なのではなくて。待って、本当に、何の話だ。

「ゆいな、顔真っ赤よ?」

からかうような笑顔を浮かべて、私の目線にエメラルドを合わせてくる。私はその色から逃げるように、顔を手で覆った。
なんかリリー、ジェームズに性格似てきたよね!というつっこみは、後が怖いので胸の中に留めておく。

「ち、ちが・・・ただ、なんかなんとなく思っただけで、」
「思ったんでしょ?そういうことじゃないの」
「ち、違うよ!リーマスは、なんていうかその、あったかいんだよ」
「だから、」
「ちがくて、えっと、ジェームズ達よりも大人びてて落ち着いてるでしょ?安心しちゃって」

つまり本当に、そういうことだった。
忙しく目まぐるしいジェームズ達と違って、リーマスのテンポは私に合っていた。男の子みたいにガサツじゃないし、ぎゃあぎゃあとも騒がない。
彼の会話のリズムが、浮かべる微笑が、黙っている呼吸が、心地よいのだ。
そんなことを考えていたとき、頭に浮かんだ言葉が「あったかい」だっただけで。
双子の自分と一緒に居るみたい。彼が空間に居るというだけで、温泉に入っているような安心感と温もりを感じるのだ。
でも兄妹でもないのにテンポが合うなんて、すごく奇跡的なことだから、感嘆して思わず声に出してしまった。

手近にあった枕を抱きしめたまま、それを全部言葉にして吐き出した。ゆっくりと顔を上げれば、困ったようにリリーが笑っていて。
私が訝しく思って、そっと彼女の名前を呼べば、リリーは私の肩に手を回して、ぎゅっと抱きしめてきた(ジェームズに殺される!)

「え、あの、リリー?」
「ゆいな。ちゃんと自分の心と会話して、本当の気持ちを見つけて」
「こころと、会話?」
「そう。リーマスの、ためにも」
「・・・・?」

そっと離れたリリーは、やっぱり困ったような笑顔をしていた。
困らせちゃったかな、そう感じた私の胸がずきり、と痛む。
・・・・いいや、本当は、彼女の表情を見る前から、胸がひどく痛んでいた。

「(・・・リーマス)」

私は、


「ゆいな、」

とんとん、と天文学の教室に向かうために塔を上っていた私の背後から、優しい声がかかる。
心臓が、どくんと鳴る。振り向かなくても、ふわりと漂う紅茶の香りで、そもそも声で、誰か分かった。
今日は、アールグレイだろうか。私の一番好きな紅茶。ああ、ティータイムにご馳走してもらい損ねたな、なんて。自分から避けていたのに、よく思えたものだ。

「リーマス」
「レポート書き終わった?ほら、僕達だけだから、天文学とってるの」
「・・・うん。なんとか、羊皮紙3枚分埋めたけど」
「そうかあ、僕は2枚半しか・・・・」

私の隣に追いついて、それから私の歩くスピードになった。一歩、また一歩。階段を登るのはきついから、ゆっくり。
私たちの横を、ハッフルパフの男の子が追い越した。

「さっきの薬草学でさ、」

リーマスが、他愛のない話を、穏やかに口にする。歌のようだと思った。時々訪れる沈黙の時間も、ひどく心地が良い。
自分の心臓の音が聞こえる。どくん、どくん、と波打っている。
どうしてだろう、気持ちが落ち着いているはずなのに、どうしてこんなに、心臓の音が煩いんだ。

「ゆいな?」
「はは、はいっ!?」

ぐるぐると考え事をしていた私は、すぐ傍で聞こえたリーマスの声に、驚いて飛び上がってしまった。
一歩仰け反ったことで、片足のブーツの底がずるり、と階段から滑り落ちる。
あ、やばい、そう思ったけれど、手すりに伸ばそうとした手は、重たい教科書で塞がれていて。
重点がずれた体は、重力にしたがってぐらり、と地面へと吸い込まれる。このまま落ちたら、階段の下まで落ちたら、助からないかも。やばい。

「・・・・っ」

衝撃に備えてぎゅっと瞑った目の先で、誰かが息を呑む音が聞こえた。
色々な音が一気に耳に流れ込んでくる。私の頭は一瞬で真っ白になる。
なにも、考えられない、ああ、

「・・・・あ、」

なんだか変な浮遊感を感じて目をそっと開いたとき、目の前にあったのはリーマスの顔だった。

「ゆいな!」

その唇が、私の名前を呼ぶ。私ははっとして、世界に色が戻ってくるのを感じた。私の背中には、リーマスの腕があった。
がっしりと、バランスを崩した私を支えてくれている。一気に乾いてしまった喉から声をなんとか絞り出せば、固まっていたリーマスの顔が少し柔らかくなった。
そのまま私を引き寄せて、肩を優しく押してその場に一緒に座らせた。

「はあ・・・大丈夫?」
「う、う、ん」
「・・・どっち?」
「だいじょ、ぶ」

なんとか言葉にすれば、リーマスは今度こそほっとした笑みを溢した。
私はその笑みに安堵して、大きく深呼吸をして心臓を落ち着けようとした。酸素が足りなかった、貧血を起こしているようにくらくらする。

「リーマス、」
「ん?」
「鞄の中身、ぶちまけちゃった」

私の視線を追って、ああ、とリーマスがやけに落ち着いた声で呟いた。
彼の鞄の中にあったはずの教科書や羊皮紙や、インクにいたっては、下の踊り場まで転がって、黒い川を作り出していた。

「ごめん、」
「そんなことどうでもいいよ。それより、ぼーっとして階段から落ちそうになるなんて」
「ご、ごめ、」
「ゆいなさ・・・朝から様子が変だけど、どうかしたの?」
「・・・・・」

答えられない私に、リーマスは細く息を吐いて立ち上がった。

「・・・悩みがあるなら、いくらでも君の力になるのに」

少し怒っていて、だけど少し落ち込んでいるような声。
リーマスは腰に差していた杖を抜いて背を向けた。
ふわり、とちょっと香りのきつい紅茶の匂いが掠める。

そういえば、リーマスは、ダージリンをめったに飲まない。

ひゅん、と杖が空気を切る音がして、インク瓶が黒い川を吸い込み、さらに鞄が散らばった荷物を全て吸い込んだ。
最後にぱたん、と鞄の蓋が閉じる音がすると、リーマスがくるりと振り向いて、まだしゃがんだままだった私に手を伸ばした。

「授業始まっちゃうから、行かなきゃ。立てる?」
「・・・うん」

掴んだ手のひらは、ぎゅっと力を込めて私を立たせてくれた。そういえば、初めて手を握った。こんなに、握力強かったんだ。
よく見れば、手の甲に幾つかのかすり傷があった。知らなかった。
私の体重を支えられるほど力が強いことも知らなかったし、あんな風に人を叱ることがあるのも知らなかった。

一気に心臓が熱くなる。
落下のショックとは違う、どくどくと、体中に血が巡って、指先まで心臓になってしまったみたい。

「(・・・ああ、そうか)」

リーマスは、ずっと私に合わせてくれていたんだ。

こんな階段だってすぐに登れるだろうし、男の子だからやんちゃして怪我だってするだろうし、力だって強いし。
そんなに好きでないダージリンも、様子のおかしい私のために淹れてくれる。
いつだって、私が心地がいいように、気を使ってくれていたんだ。

それなのに私は、

「まったく、あんまり心配させないでよ」

優しいくちびるから零れ落ちる、優しい言葉だけを拾って、全部聞こえないことにしていたんだ。

私の気持ちも、彼の気持ちも。

「・・・・リーマス」
「うん?」
「・・・ありがと」

Splendide

ごめんね、だいすき。
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