コンコン、と控えめなノックの音が、今日はやけによく響いた。

一日の終わりを迎えるベッドの中で、私は窓から差し込む薄い月明かりを浴びて、ああよくぞ生きていたと喜びの温もりを感じた。
冷たかった布団がじんわりと体温に侵される中で、自分の心臓が動いている幸せ。
戦う毎日と、今のこの瞬間とのギャップは、まだ私が幻を見ているかのようで。
夜の静かな空気に溶け込まずに耳に届いたその音に、私は窓に向けていた視線をドアへと移した。

あの頃は、隣に目を向ければ、どこかわくわくした表情のリリーが居た。
お互いに目配せで会話をして、笑みを浮かべて、どんな音も聞き逃さないように耳を尖らせて。
布団は何だか、今よりもずっと暖かかったし、月と星は今よりも輝いていたように思う。
それに負けないくらい輝いていたリリーの瞳は、思わず見惚れてしまうほど綺麗で。
しばらくそのまま待っていると、杖先で窓を叩く音がする。その音をキャッチした私たちは、また目配せをして、こっそりベッドから抜け出す。
そして静かにカーテンを開ければ、満点の星空を背にした彼らが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、そこに居るのだ。

幼い私たちの目に映る世界は、楽しいことだけで溢れていた。
少なくとも、彼等と離れることなんて考えてもみなかった。
全部がいつだって輝いていて、ずっとずっとこんな毎日が続くと思っていた。

彼等のその笑い声も、窓を開けたときの少し冷たい風も、
繋いだ手のぬくもりも、掴まった背中も、足元に広がる夜景も。

彼が優しく私を呼ぶ、大好きな声も、ぜんぶ、ぜんぶ、

「・・・・・ゆいな?」

私ははっとして、握り締めていた布団を放した。
胸がぎゅっと締め付けられて泣いていた。鮮明な記憶は、まるで幻のようにふわりと消えてゆく。
そして幻じゃない彼の声に、私はなんとか小さく返事を返した。あの頃と違って静かな夜には、それだけで十分だった。

「ココア淹れたけど、飲む?」
「・・・うん」

起き上がってドアを開けると、マグカップを二つ持ったシリウスが立っていた。
ひとつ受け取って、窓際のテーブルまで移動する。彼も同じようにそこに座ると、空を見上げて、綺麗だなと呟いた。その表情は昔よりもずっと大人びてて、だけど少し切なそうだった。

「仕事、もう少しかかりそうだし、先に寝てていーからな」
「え、手伝うよ」
「大丈夫だって。明日も早いんだからさ」
「じゃあ、終わるまで待ってるね」
「・・・さんきゅー」

私が笑うと、シリウスも優しく笑って頭を撫でてくれた。
ああ、この人も生きていてくれてよかった。明日をも分からない毎日。
今この瞬間に、知らないところで、誰かを失ってるかもしれない。


どうして時間は人を攫っていってしまうのだろう。
楽しかったあの空間は、今やもう記憶の破片でしかなくて。
毎日迎える夜は、あまりに静かで切なくて、星の輝きは綺麗だけど少し劣って見える。

「・・・・ジェームズとリリー、大丈夫かな・・・?」

いつだって隣に居た親友は今、敵から身を守るためにここから遠いところに隠れている。
いつだって見れたあの笑顔も元気な声も、時々思い出すことしか許されない。

「ああ。しばらくしたら、また会えるよ」
「・・・うん。そのときは、ハリーもちょっと大きくなってるだろうね」
「楽しみだな」

楽しそうに笑う彼に、また胸が苦しくなって、テーブルの上に置かれていたその手を握った。
暖かくて、握り返してくれることが嬉しくて、切なくて悲しくて、さらに苦しくなるけれど、強く握り続けた。
シリウスは、泣きそうな私を優しく慰めて、髪を梳いて、やさしくやさしく名前を呼んでくれる。
だいじょうぶ。何回も繰り返しては、私の目を見て、微笑んでくれる。
ごめんね、弱くて。怖くて、不安で、仕方がないの。ごめんね、あなたが居てくれて、よかった。
同じままの世界なんてないのに、私はもう幸せを見つけてしまっていたから。

変わらないのは、このココアの味と、彼のやさしいてのひら。

夜の揺りかご

ねえ、また皆で夜の散歩に出かけよう。この窓を飛び越えて。
辺りが暗くなれば、楽しい時間のはじまり、でしょう?

(泣くなんてとても場違いだって、笑い飛ばしてよ)
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